初代ミニスカポリス、プロ雀士、キャットファイター等々、肩書の幅広さは二輪業界人の中でも随一。もちろんオートバイも大好きで、街乗りからツーリング、スポーツ走行もこなす江戸っ子娘の「福山理子」が紡ぐモーターサイクル・ストーリー。

ずっと走ってきた。

画像: ずっと走ってきた。

高校には陸上の推薦で入ったほど運動はそれなりに得意だった。

でも、入った学校は、とても遠くて1時間半もかかった。それに通学路の電車は、今まで行ったことのない駅にたくさん停まった。 渋谷センター街は意味もなくドキドキしたし、自由が丘ではミニスカートの女の子が働くアンナミラーズのケーキに夢中になった。

そして、下町っ子のあたしは、そんな大都会の誘惑に負け、校庭を走るのを辞めてしまう。

ちょうど、バイク雑誌の「オートバイ」を買い始めた頃だ。

そして、やっと16歳になった。

学校の創立記念日の前日にクラスメイトのうちに泊まり、一夜漬けで原付免許の取り方とかいう本を暗記して、鮫洲試験場に免許を取りに行った。それからすぐに、うちにあった原チャリで、バイクの教習所に通った。

今、思い出しても楽しい時間だった。

たまにテレビを見ていると高校の後輩たちがオリンピックとかでメダルを取ったりしていて、そんな時は、もし陸上を続けてたらなんて大き過ぎる夢を見たりもするけど、 あの時は遊びたかったしバイクに乗りたかった。

どっちが良かったかなんて分からないけど、栄光のメダルより、あの時、あたしが1番欲し
かったのはバイクだった。

あたしは、グラウンドだけじゃなく、いろんな道をいつもバイクと走ってきた。

きっと、どちらを選んだとしても、今みたく世界がいっぱい広くなったに違いないけど、あたしは、 今の自分が好きだ。

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