cinefil連載【「つくる」ひとたち】インタビュー vol.1

沖田修一監督の最新作、伝説の画家・熊谷守一を山﨑努が演じた映画『モリのいる場所』のプロデューサー、吉田憲一さんにお話を伺いました。

企画の成立から資金集め、キャスティングや宣伝など、多岐にわたる映画プロデューサーのお仕事について。「すべては“覚悟”」と語る、吉田さんが感じる映画づくりの面白みや、大切にしていることとは。

画像: 吉田憲一プロデューサー

吉田憲一プロデューサー

ーーはじめに、沖田監督との出会いを教えてください。
吉田憲一(以下、吉田):日本映画に関わってるプロデューサーは大体、沖田監督と仕事がしたいと思っているんです。これまでの作品はどれも本当に素晴らしいですし。今回は制作会社の宇田川(寧)さんから「沖田さんから“熊谷守一っていう画家を山﨑努さんがやる”という映画の企画の話があるんですけど、興味ありますか?」とお話がありまして。もともと美術が好きだったので「面白いですね!」と、始まった企画でした。それが2016年3月だったかな。

ーーそこから企画成立までは、どのように進んでいったのでしょうか?
吉田:まずはペライチで「こんな映画になると良いな」という簡単な企画書が沖田さんから届いて。それがもう素晴らしく面白かったので、本腰入れて進めていくことになりました。そのあと、すぐ初稿が出来たのですが、決定稿とほぼ近いくらいのクオリティだったので、「これはすごい・・・」と。「沖田修一っていう人はこれほどの人なのか・・・!」と。みんなで唖然とした覚えがあります(笑)。

ーー山﨑さんが熊谷守一役を演じるのは、いつ頃決まったのでしょうか?
吉田:そう簡単にお声掛けできる人ではないので、まずは脚本を読んでご判断頂くことが最低条件だと思っていました。出来上がったばかりの初稿を持って山﨑さんのところに「是非、山﨑さん主演でやりたいです!」とお話に行きました。すぐに「素晴らしい本です、やります」と、お返事をいただき、熊谷守一役を山﨑さんが演じることが決まりました。

画像1: (c)2017「モリのいる場所」製作委員会

(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

ーー妻の秀子を演じた樹木希林さんは、どうオファーされたのですか?
吉田:樹木さんは、ご本人に直接オファーしないといけないので、お手紙を書いてFAXで送りました。正直、ダメもとではありましたが、翌日に私の携帯電話に、見知らぬ番号から電話がかかってきて、出てみたら「もしもし、樹木希林です。私これやるわ!」って(笑)。「あ、やばい。山﨑努と樹木希林がやるってなってるぞ!」と。その時思ったのは、喜びではなく、すごいことになってきているな、これは大変なプレッシャーだぞ、と(笑)。

ーーその他のキャスティングはどう決めていったのですか?
吉田:基本的にはこの話の世界観、あのお二人(山﨑努・樹木希林)が作る空気の中に、居られる方はどなただろう?という感じで、沖田さんに主導してもらいながらキャスティングしていきました。

ーー豪華キャストが揃う中、吉村(界人)さんはポイントになっていた気がします。
吉田:吉村さんが演じられた鹿島(公平)は、観客の皆様と同じように「少し変わったおじいさんに出会って惹かれていく」という役です。山﨑さんと樹木さんがどれほど凄い俳優かを知りすぎているとちょっとやり難いじゃないですか。だから鹿島役は、そういうことにあまり意識がない若い俳優さんということで、吉村さんが抜擢されました。あと、沖田さんが一番拘ったのは、池谷(のぶえ)さんですね。あのお二人の間で日常を演じれる女優さんってなかなか居ないのではないでしょうか。池谷さんは本当に素晴らしかったです。

ーー池谷さんは、作品の中でバランスを保つ存在でしたね。
吉田:相当緊張されていたのではないかと思います。ずっと山﨑さん・樹木さんと一緒のシーンですからね(笑)。

ーー映画の企画を進めていくうえで、大変なことはありましたか?
吉田:大変なのは・・・まずは成立させることですよね。クランクインまでたどり着くことがすごく大変でした。私のようなキャリアの浅いプロデューサーにとっては、今の日本映画の製作状況の中で、オリジナル作品で、大きな事件が何も起こらない1日の話という企画を成立させるのが本当に苦しくて。結構ヤバいぞ、という局面が死ぬ程ありました。目処が立ったのは、クランクインの4~5ヶ月前くらいでした。

ーークランクインしてからの現場の様子はいかがでしたか?
吉田:それはそれは夢のような幸せな現場だったので「こんなに幸せなことがあっていいのか!?」と。最初のうちは、毎日現場に山﨑さんと樹木さんが居るので、すごく緊張して相当ビビっていました(笑)。2017年の7月に神奈川県の葉山で撮影していたんですけど、撮影自体は穏やかに進んでいきました。映画の舞台となる庭付きの古民家が見つかったことや、天候にずっと恵まれたこともそうですし、強い風が吹くシーンで本当に強い風が吹いたなど撮影の細かいところも含めて、想像していなかったような奇跡がいくつも起きました。なんかもう人生の運をここで使い果たしたんじゃないかってくらい(笑)。

ーーこのシーン良く撮れたな~と感じる、細かい生き物のシーンもたくさんありましたね。
吉田:助監督でいきもの係の加藤(拓人)くんは地獄だったと思います(笑)。「よーいスタートして3秒後に蟻をフレームインさせる」なんてできないんですよ(笑)。この映画に出てくる虫は全て本物なので、何度か見ていると本当に演技しているみたいに見えてきました(笑)。

画像2: (c)2017「モリのいる場所」製作委員会

(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

■映画『モリのいる場所』で助監督(いきもの係)の加藤拓人さん特別映像

画像: 『モリのいる場所』いきものがかりver youtu.be

『モリのいる場所』いきものがかりver

youtu.be

ーーここから、映画プロデューサーというお仕事についてお聞きしていきます。吉田さんは、なぜ映画のプロデューサーになろうと思ったのですか?
吉田:そもそもプロデューサー志望ではなかったんです。パッケージ、アニメーション作品の宣伝プロデューサー、出資担当とか買付とか色々やっていて。誰かが仕立てたものに参加していく時に、自分が作品の役に立てる幅が大きい方がいいなとは思ったんですよね。いろんな仕事をやっていたら、プロデューサーに行き着いてしまったという印象です。あと、今の日本映画は公開タイミングが一番の勝負になっています。少なくともこの作品がこの世にあるってことを知ってもらわなければ、この先、DVDだろうが配信だろうが、なかなか手にとってもらえなという実感があります。

ーー映画の企画はどう生み出しているのでしょうか?
吉田:原作があって、監督にオファーすることもありますし、監督に一緒にやりたいんですけど何かありますか?って言うこともあります。プロデューサーは、全ては「覚悟」なんじゃないかと思ったりします。たくさんの映画があるなかで、新作を作る理由はきっと1つしかなくて、「この作品はこの世に無ければならないって思うかどうか」という。事業面で見ると、映画はやらない方がいい理由を見付けようと思えば100くらいあるのかな、と。

ーー作品と一生付き合っていく映画プロデューサーとして、1番の喜びや感動はどこにありますか?
吉田:公開時は、喜びとかゼロです(笑)。不安とか、心配とかプレッシャーとかでいっぱいで。正直、楽しいと思う瞬間って無い・・・んじゃないかって思いますね(笑)。じゃあなんでやってるんだって話になると思うんですけど(笑)。でも、『モリのいる場所』に関しては、映画が完成して、プロモーションや公開に向かうプロセスの中で、山﨑さんと樹木さんと接する機会が多かったのは無上の喜びですよね。とても緊張するし、関係性に慣れるということは無いんですけど。あとは、作品完成後の初号試写の終わりに、山﨑さんが樹木さんのところに行って、「いや~、かあちゃん良かったよ!」って言ってお二人が握手をしていたのを観たときは、グッときましたね。あの場に居られて良かった。

画像3: (c)2017「モリのいる場所」製作委員会

(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

ーー映画プロデューサーの視点で、日本映画は今後どうなっていくと感じていますか?
吉田:日本映画ってちょっと特殊かもしれないと思い始めています。例えば、韓国映画はエンターテイメントとしての強度が高く、とにかく面白い。『タクシー運転手』という映画が大ヒットして年間ナンバーワンの観客動員数になっているようですが、あの題材をエンターテイメントにするってすごいなと。

ーー日本映画との違いって、どこだと思いますか?
吉田:ハリウッド映画や韓国映画は、観客層の幅を設けていないように見えます。もう誰が観ても面白い。韓国映画は特にそういう感じがすごいします。それに比べると日本映画は、ティーン向けや年配層向けというように、良い悪いではなく、そういう最初の設定があり続いている気がします。そうだとすると、日本映画の将来の1つの在り方として、それをどこまでも徹底していき、建て売りではなく、宮大工みたいになっていけば、独自の価値が生まれ、生き残れるかもしれないと思っていたりします。

ーー『モリのいる場所』は、まさに宮大工仕事ですね。
吉田:『モリのいる場所』は、もともと山﨑さんが熊谷守一を沖田さんに紹介したところから始まっています。とてつもないキャリアを誇る山﨑さんが、年齢の半分の監督にヒントをくれ、現在の日本映画界で丹精こめて創り続けている沖田さんが監督を引き受ける。そこに同じく伝説的なキャリアの樹木希林さんが参加して。日本映画を支え続けるベテラン光石研さん、吹越満さんがいて。1つ下世代の池谷のぶえさんが居て、もう1つ下世代に今の映画のメインを張る加瀬亮さんが居て、さらに若い吉村界人さんも居て。この映画には、全ての世代の俳優が出てるんです。で、そこに三上博史さんも居るっていう。なんか、山﨑努という神輿を担いだ、日本映画のお祭りみたいだなって。

ーー最後に、吉田さんが映画づくりで大切にしていることは何ですか?
吉田:成立させること。覚悟ですね。

吉田憲一

1975年生まれ。
東北新社やアミューズソフトにて、主に、DVD製作や宣伝、アニメーションの宣伝業務を担当。『おくりびと』『忍たま乱太郎』『これでいいのだ!!映画赤塚不二夫』『八日目の蝉』ほかの製作出資を担当。『アヒルと鴨のコインロッカー』『フィッシュストーリー』TVドラマ「深夜食堂」などで宣伝を担当。09年にフェイクドキュメンタリー「マキタスポーツの上京物語」。13年にSABU監督「MissZOMBIE」、TVアニメ「君のいる町」。15年に横浜聡子監督『俳優 亀岡拓次』。16年に豊島圭介監督『ヒーローマニア-生活-』。17年にTVドラマ「そして誰もいなくなった」。18年に沖田修一監督『モリのいる場所』。

画像4: (c)2017「モリのいる場所」製作委員会

(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

cinefil連載【「つくる」ひとたち】

「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。時々、「つくる」ひとたち対談も。

矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・企画・宣伝・取材など。TAMA映画祭やDo it Theaterをはじめ、様々な映画祭、野外映画イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

5月19日シネスイッチ銀座、ユーロスペース、シネ・リーブル池袋、イオンシネマ他全国ロードショー

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