埼玉県の南西部、三芳町(みよしまち)にある産業廃棄物処理会社、石坂産業株式会社。代表取締役の石坂典子氏は、かつて地元からバッシングを浴びていた同社を復活させ、世界中から見学者が訪れる注目企業に変えた人物として、すでにその名を知られている。このインタビューでは、CSV企業としての同社の経営に焦点を当て、3回にわたり石坂氏に語っていただく。第1回のテーマは、石坂産業のビジネスの根幹である産廃処理そのもの。同社はリサイクル化率98%という、業界で類を見ない高水準の産廃処理を実現している。その秘密に迫った。

「産業廃棄物中間処分業」という業態

――はじめに、御社の本業である産廃処理とはどんなビジネスなのか、教えてください。

石坂
まず、人が使っているありとあらゆる物は、要らなくなるとごみになりますよね。ごみのなかでもいろいろな分類があって、弊社が受け入れているごみの9割が建設系の産業廃棄物です。その内訳は、一般家屋や公共施設の解体、建物のリフォームの際に出るコンクリートや木材、道路工事の際に出るアスファルト廃材などが中心です。

画像: 石坂産業の産廃処理プラント。屋内型のため、天候に左右されず作業ができる。

石坂産業の産廃処理プラント。屋内型のため、天候に左右されず作業ができる。

例えば一般家屋の解体の場合、たいていは家主が建設会社に、解体から廃棄物の運搬までセットで依頼します。すると、建設会社の関係業者が家を解体し、そこで出てきたがれきを弊社のような産廃処理会社に持ち込む。それを減量化もしくはリサイクル化する中間処理という業態が、わたしたちのビジネスです。そこでリサイクル化されなかったものは、ごみとして最終処分場に引き取ってもらいます。

要は、海や山をごみで埋め立てる前の段階で、埋めるごみの量をできる限り減らすという役割を担っているのがわたしたちです。そして、廃棄物を受け入れた段階でお金をいただく、つまり収入が得られるというしくみです。

――リサイクル化された廃棄物は、リサイクル資材として専門業者に販売されるのでしょうか。

石坂
そうです。ただ、リサイクル資材の売上は単価何銭、まさに二束三文の世界です。製品としてそのまま利用できる形ではなく、あくまで原料としての販売ですからね。弊社は直近で年間51億円の売上を出しており、業界では中堅から大手と言われる位置づけですが、その売上のほとんどを廃棄物の受け入れが占めているのが現状です。

――インタビューの前に産廃処理プラントなどの施設を見学させていただきました。構内には北関東からの搬入車も見受けられたのですが、どこまでが御社の商圏なのですか。

石坂
建設リサイクル法で、産業廃棄物は発生地点から50km圏内の処理業者に引き取ってもらうことが規定されています。弊社の場合、基本的には関東全域から廃棄物を積んだお客さまがいらっしゃいます。

――営業開始が7時半と早いのはなぜですか。

石坂
お客さまが道路混雑の時間帯を避けて廃棄物を運搬できるように、7時半から受け入れを開始しているからです。なお、弊社は日曜日が休業日で、ほかの曜日はほぼ毎日稼働しています。

「リサイクル化率98%」達成の経営戦略

――同業他社と比較した場合、御社の産廃処理ビジネスの強みはどこにあるのでしょうか。

石坂
リサイクル化率の高さです。業界平均は70%台ですが、弊社は98%とずば抜けています。

――なぜそんなに高い数値を達成できたのでしょう。他社には無い技術をお持ちということですか。

石坂
技術面で言うと、「分離」「分級」のレベルの高さが理由のひとつだと思います

例えばコンクリート廃材を処理する場合、まず破砕機にかけて粉々にし、大きな鉄くずやリサイクルできない部分を取り除きます。次に、磁力選別機という機械で小さな鉄くずを取り除く。この、取り除く作業が「分離」です。さらに、細かくなったコンクリートをふるいにかけて粒度別に選り分ける「分級」という作業を行います。破砕・分離・分級を繰り返すことでコンクリートがだんだんと粒子状になり、最終的に再生砂や再生砕石といったリサイクル資材に生まれ変わるのです。

画像: 右側の9番ビットが、コンクリート廃材からリサイクルされた「再生砂」。一方、左側の10番ビットの粒子は、これ以上リサイクルできず最終処分場に運ばれる。

右側の9番ビットが、コンクリート廃材からリサイクルされた「再生砂」。一方、左側の10番ビットの粒子は、これ以上リサイクルできず最終処分場に運ばれる。

分離・分級は、設備投資した分だけ技術レベルが向上します。つまり、そのための先行投資を弊社がしてきた成果が98%という数字なのです。

廃棄物をミリ単位まで分離・分級できるのは、結局のところ機械。人の手では限界があります。簡単な例でいうと、砂を網目の大きなふるいにかけたら、速く通過しますよね。分級の品質を上げるためには、より網目の細かなふるいにかける必要がありますから、その分、通過時間もかかるわけです。つまり、品質を上げようとすると作業効率は下がってしまう。同業者の多くは、品質は低くても作業効率の高い方法をとっているため、結果として70%台のリサイクル化率にとどまっているのです。

画像: 先端に磁石が付いた重機により、ごみから鉄を分離している。

先端に磁石が付いた重機により、ごみから鉄を分離している。

もうひとつのポイントは、弊社の場合、機械のメンテナンスも内製化していることです。

同業者のほとんどは人手不足のため、メンテナンス作業をアウトソーシングしているところが多いと聞きます。その結果、いざ機械トラブルが起きてしまったときに、メンテナンスできる人材が現場にいなければ、大事な産廃処理ラインが半日稼働しないといった事態を招いてしまうのです。 

それに対してわたしたちは「止めないプラント」をめざし、天候に左右されない屋内型のプラントで処理を行っているうえ、メンテナンス専門のチームを持っています。機械トラブルが起きると、稼働時間外である夜間や日曜日にメンテナンスチームが復旧作業にあたるので、損失を最小限にとどめることができます。もちろん、弊社のような体制でやられている会社もあると思いますが、なかなかそうもいかないという話をよく聞きます。

要は、投資の対象が弊社と他社とでは異なる。同業者には、日本の人口が減ることでごみも減るであろう将来を見越して、プラントごと海外に進出する会社が増えています。わたしたちはそうではなく、産廃処理の品質を高めることに投資をしているのです。

価格競争から抜け出すため、値上げを断行。それでも発注が増える理由

――著書にも書かれていますが、石坂さんが取締役社長に就任なさった2002年以降、それまでの価格競争から抜け出すために、廃棄物の受け入れ価格を1割値上げしたそうですね。なぜ値上げに踏み切ったのか、詳しく教えてください。

石坂
入社後、この産廃処理のビジネスは価格で選ばれる産業だ、と気づきました。このままではずっと、成長産業になれない。そこに危機感を覚えました。

世の中が経済活動で利益を得られれば、それと同じくらい廃棄物も出ますよね。そのペースについていくために、産廃処理も成長ビジネスである必要があります。ところが実際は、ほとんどの産廃処理会社が成長できず小さな企業として終わってしまう。なぜかというと、安い価格で廃棄物を受け入れているからです。できれば廃棄物の処理に高い料金を払いたくないというのが、産廃を排出している企業の本音なのです。

本来であれば、ごみの埋め立てや焼却を極力減らし、できる限りリサイクルしましょうというモラルを持った社会が成り立っていればよいのですが、残念ながら我々日本人は、これまで廃棄物に関する教育を受けてきませんでした。その結果、「産廃処理は安い会社に頼む」という構図ができあがっていったのです。

わたしたちのような産廃処理会社が成長していくためには、やはり適正な価格での取り引きが必要だとわたしは考えました。それで利益が得られれば、よりリサイクル化率を高められる設備の導入や研究開発に投資できる。従来の取り引き価格のままでは成長できないという現実に、ようやく気づいたのです。

画像: 価格競争から抜け出すため、値上げを断行。それでも発注が増える理由

――社長になられた2002年頃と比べて、取り引きされているお客さまはどのくらい増えましたか。

石坂
今、取り引き先としてご登録いただいているのは5,000社くらいですが、社長になったばかりの頃は数えてなかったですね。業界全体が、日々運び込まれた廃棄物を受け入れるというスタイルでしたから。その後、弊社は受注システムを導入し、初めてお客さまの数を把握できました。確か3,000社に満たないくらいでした。

――値段が上がってもお客さまが石坂産業に産廃処理を頼むメリットは何なのでしょうか。

石坂
おそらく…安全、安心、信頼といったところでしょうか。リサイクル化率が高く地球環境に優しいこと、業界では珍しく積極的に見学者を受け入れていることなどが、弊社のブランド価値として評価されているのかもしれません。もちろん、創業して50年という長い歴史があるのもお客さまに信頼される一因でしょうし、特に近年、お客さまだけでなく地域や世の中からも高い評価をいただいている点も大きいと思います。

ブラジルからの見学者が見た景色

――御社は見学者の受け入れも積極的に行っていますが、年間でどのくらいの方が来られるのですか。

石坂
昨年は、産廃処理プラントをはじめとする弊社施設に約3万人の方がいらっしゃいました。国内だけでなく、海外の方もお越しになります。これまで約30カ国からの見学がありました。

――海外の方は、御社の産廃処理のどこに着目なさるのですか。

石坂
まず、海外のごみ事情からお話しすると、弊社で扱っている産業廃棄物以前に、生活廃棄物の処理が追いついていない国がたくさんあります。生活廃棄物とは、一般家庭から出るごみのことです。多くの国では、その生活廃棄物を、選別せずに埋めています。結果、土壌汚染を引き起こしている地域も少なくありません。

そういった国の政府関係者や研究機関の方々が弊社の産廃処理プラントをご覧になっておっしゃるのは、「技術だけでなく、地域配慮のしくみをパッケージで自分の国に持って帰りたい」と。

ブラジルからの見学者がおっしゃっていたのですが、現地では今、ものすごい勢いで橋やビルが造られているそうです。ところが、それらが老朽化して解体されるときに発生するがれきの処理のことまで考えたことがないし、ごみは基本的に埋めている、と。そんな方が弊社のリサイクルの技術を目の当たりにして、「未来を見てるような感覚だ。これがあるべき姿だ」とおっしゃってくれたのです。

画像: 木材処理の様子。搬入した木材をパワーショベルで運び、右に見える機械に投入して破砕する。

木材処理の様子。搬入した木材をパワーショベルで運び、右に見える機械に投入して破砕する。

――石坂産業としては、海外進出の予定は無いのですか。

石坂
海外に出る前にやらなければいけないことがある、とわたしたちは考えています。廃棄物処理ビジネスというのはプラントさえあればできるわけではなく、ごみを出している側の人々との連携が欠かせません。そもそも、廃棄物の処理にお金を払ってくれるビジネスが海外でも成り立つかどうかが問題です。国によっては、廃棄物処理にお金を払う国民性を醸成することや、リサイクル資材を使ってくれる環境を整えることが必要になります。

そういった状況が整ったうえで、わたしたちにできそうなことは、ハードウェアではなくソフトウェアの海外進出です。というのは、おそらく、ハードウェアの産廃処理プラントだけ海外に売っても操作やメンテナンスができない可能性が高いのが実態です。ゆくゆくは、そのノウハウや技術を現地の方々に指導する役割を、わたしたちが担えるのではないかと考えています。

画像: 石坂典子 1972年、東京都生まれ。父・石坂好男氏が創業した産廃中間処理会社、石坂産業株式会社(埼玉県三芳町)に1992年入社。2002年、取締役社長に就任。2013年から代表取締役を務める。2014年、同社が管理する里山に環境教育フィールド「三富今昔村」を開業。「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016 情熱経営者賞」(日経WOMAN)など受賞多数。著書に『絶体絶命でも世界一愛される会社に変える!』(ダイヤモンド社,2014年)、『五感経営―産廃会社の娘、逆転を語る』(日経BP社,2016年)、『どんなマイナスもプラスにできる未来教室』(PHP研究所,2017年)。

石坂典子
1972年、東京都生まれ。父・石坂好男氏が創業した産廃中間処理会社、石坂産業株式会社(埼玉県三芳町)に1992年入社。2002年、取締役社長に就任。2013年から代表取締役を務める。2014年、同社が管理する里山に環境教育フィールド「三富今昔村」を開業。「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016 情熱経営者賞」(日経WOMAN)など受賞多数。著書に『絶体絶命でも世界一愛される会社に変える!』(ダイヤモンド社,2014年)、『五感経営―産廃会社の娘、逆転を語る』(日経BP社,2016年)、『どんなマイナスもプラスにできる未来教室』(PHP研究所,2017年)。

「第2回:産廃処理会社が手掛ける、環境教育」はこちら>

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.