僕の母親は巨乳である。

だからといって僕には何もメリットがない。母親をそんな目でみることなんてもちろんできるわけがないし、吐きそうだ。周りの友だちからは、「神田のお母さんは巨乳」とからかわれ、思春期の頃はずいぶん悩んだりした。
母親は、22歳のとき、30歳だった父親と結婚した。当時、どうだったかわからないけれど、ずいぶんと早い結婚だったと思う。それまでの母親は(その️武器を駆使したのかどうかは定かではないが)ブイブイいわしていたらしく、当時はモテたやら何やら、暇さえあれば、昔の武勇伝を僕に語ってきた。いわゆるスクールカースト最上位のヤンキーだったのである。

画像: 親孝行エッセイ「子役になんかさせないで」神田桂一

「親は鋳型で、子どもはその中身のようだ」と、中島らものエッセイに書いていたが、まさに僕がそうで、母親とは何から何まで違った。僕は子どもの頃はそうでもなかったが、成長するにつれて、内向的な人間になっていく。趣味は読書、みたいな。

母親はそんな僕を見て、危機感を抱いたのか、「もっと女とつるめ」と言ってくることもしばしばだった。高校生の僕に、「パンツはいろんな種類のものをちゃんと持っていなければダメよ」と進言してくれたが、誰かにパンツを見せる機会など、一切なかった。

また、どうやら母親は僕を子役からスターにさせたかったようだ。至極迷惑である。子役など、不幸な人生を歩む確率がめちゃくちゃ高いではないか。

たぶん、同じ世代に生まれていたなら、絶対に友だちにはなっていないタイプである。むしろ、無視されて存在しないものとされていただろう(母親に)。なぜだか、そういう人に、僕のような子どもが生まれてしまうのだから、人生とは、人間とは、面白いものだ。育てたいように子どもは育たない。だから、育児などは、期待しても無駄だと思うのだ。それは僕が証明してみせた。

しかし、僕がひょんなことからライターになって、一番喜んだのもまた、母親である。桁違いのミーハーである母親は、僕が書いた雑誌を全部保管しているし、僕が誌面に登場しているものは、2冊買っている。ご近所さまにも見せているらしいので、恥ずかしいことこの上ない。

結局僕は、母親の手のひらの上で踊らされているのだ。以前母親から、差し入れのダンボール箱が届いたことがある。なかには、大量の食料品と手紙が入っていた。そこには、ちょっと泣かせる文章が綴られていたが、最後の母親の名前の横に、母親と同じ誕生日の有名人が列挙されていた。

それ、いるか〜?? あんたは林家ペーか。
 
とにかく扱いづらい巨乳の母親であるが、子役にされなかっただけマシである。最近は、そう思うことで、自分を慰めている。人生とは、不条理である。

ただひとつだけ、フォローすると、料理と裁縫は抜群に上手い。それは本人の名誉のために記しておく。

神田桂一
1978年生まれ。ライター・編集者。
一般企業に勤めたのち、週刊誌『FLASH』記者、ドワンゴ「ニコニコニュース」編集部などを等を経てフリーに。共著に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)など。

文・写真/神田桂一
編集/サカイエヒタ(ヒャクマンボルト)

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