知っているようで知らない大相撲豆知識。戦後の名力士にまつわる四股名の由来や記録などを中心に、Q&A形式でお届けします。
※分冊百科『大相撲名力士風雲録』創刊号から30号に連載した「大相撲クイズ」を編集、毎週月曜日に公開します。

※平成4年夏場所、念願の初優勝で大関も手中にした曙(旗手は水戸泉)
写真:月刊相撲

Q 曙は初優勝した平成4年(1992)夏場所で4回目の殊勲賞を獲得しましたが、これは、とある理由で珍しい同賞の受賞でした。それはどのような理由でしょうか。

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A 横綱・大関戦で勝利なし

 一人横綱だった北勝海が開幕直前に引退し、2大関のうち霧島も途中休場。残る小錦に敗れていたため、曙は、三賞制度が導入された昭和22年(1947)秋場所の出羽錦以来となる、横綱・大関戦未勝利での殊勲賞受賞となりました(殊勲賞第1号の出羽錦は、この場所新入幕で9勝2敗の好成績でしたが、番付下位のため横綱・大関との対戦がありませんでした)。また、技能賞の若花田(のち横綱3代若乃花)は千秋楽の曙戦に勝てば殊勲賞の可能性もありました。同じく小錦に敗れていたため、横綱・大関戦未勝利力士のダブル殊勲賞という珍事になっていたかもしれません。

画像: 〝曙若″に対し、敢闘賞の三杉里(左端)は休場前の霧島と小錦の両大関を倒しての受賞だった

〝曙若″に対し、敢闘賞の三杉里(左端)は休場前の霧島と小錦の両大関を倒しての受賞だった

分冊百科大相撲名力士風雲録第11号「曙・3代若乃花」掲載

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