1969年8月に惨殺された米国美人女優シャロン・テートの事件をヒントにクエンティン・タランティーノ監督が制作。キャリアの黄昏に悩む有名俳優リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、ダルトン専任スタントマン クリフ・ブース(ブラッド・ピット)の2人の生活を淡々と追いながら、クライマックスまでタランティーノらしい暴力の発動を溜めに溜めさせた、ある意味かなり異色な作品だ。

映画の背景にある、さまざまな要素を知っているとより楽しめる作品

主人公の俳優ダルトンと、そのスタントマン クリフは、モデルはいるかもしれないが、基本的にはフィクション、本作の創作上の存在だ。
直接、間接を問わず、彼らと関わる登場人物たちの多くは実在の人物、かつ実名で登場していることが多く、話のベースとなっているシャロン・テートの事件だけでなく、事前に基礎知識があるとより楽しめる作品になっている。
(例えば、スティーブ・マックイーンやブルース・リーらがそっくりさん起用で登場しているのも、実に微笑ましいし、名前だけだがモハメッド・アリことカシアス・クレイなども出てくる)

舞台は1969年のハリウッド。
50年代にはテレビの西部劇のスターだったダルトンも、全盛期を迎えようとしていたハリウッドの映画ビジネスに乗り遅れて、主役の仕事はなかなか回ってこない。
自分専任のスタントマンとして雇っているはずのクリフにも、スタントの仕事はほとんど回せず、ほぼ運転手兼付き人のような扱いになってしまっている状態だ。

とはいえ、雇い主のダルトンが将来を悲観してアルコール依存を深めていくのに対して、クリフ自身は自分の境遇を嘆くことなく、“まあしょうがねえかな”的に、陽気で気軽なモードを崩さずに生きている。

この2人の珍妙な毎日を追いながら、伏線として、新進の美人女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)と、彼女の美貌に引き寄せられた取り巻きたちの暮らしが描かれる。冒頭で書いたように、このシャロン・テートは実在の人物で、やがてチャールズ・マンソンの影響でカルト化したヒッピーたちによって殺害されることになるのだが、その現実の事件を知っていると、一見 ちぐはぐで本筋と関係のない伏線に見える彼女たちの描写が、実はこっちが本筋であることが容易に窺い知れる。
この事件に、パラノイア化しているダルトンと能天気なクリフが、どのように絡むのか?という(この映画の本来の)見方ができるのである。

主人公たちの確かな演技力も見もの

本作の好演で、ブラッド・ピットが第92回アカデミー賞 助演男優賞に輝いたが(その能天気だが暴力的な衝動を抑え切れるほど大人でもないクリフを演じた演技力もさることながら、そんな人物であることを一目で観客に想像させる素晴らしい肉体美も、高評価の一部であったろう)、かつての輝かしい栄光が色褪せていくのを誰よりも感じ、怯えながら、現在の自分自身と折り合いをつけられずに苦悩する過去のスターを演じた主演のレオナルド・ディカプリオもまた実に素晴らしい出来栄えだと思う。
『タイタニック』や『ロミオ+ジュリエット』などの繊細で王子様的主人公役でブレイクしたディカプリオではあるが、僕は常々彼は薄汚れたヒールっぽい役(『ブラッド・ダイヤモンド』のディカプリオは最高だった。あれ以降彼はそうした役柄が多くなったと思う)の方が似合うと思っていた。本作の彼はまさしくイキイキとしていて、若い頃の美しさが衰えて不安に駆られる中年男の悲哀を見事に表現している。

ブラピが老いを跳ね返すパワーの体現者とすれば、ディカプリオは老いを受け入れ難く感じる男が、どのように抗っていいのか分からずにいる状態。前者が守るべき社会的立場を持たない(失うものがない)がゆえのシンプルさであるのと反対に、どうにかして過去の蓄積の流失を避けたいと願う男の悩みの複雑さを顕しているのである。

ちなみに、シャロン役のマーゴット・ロビーは、ディカプリオと共演した『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(このときのディカプリオのキレた役柄も実に良かった)で大ブレイクしたが、本作では 同作品のゴージャスさとは異なり、同じ美女でも 可憐で少女のような可愛らしさを多分に残した女性を楽しげに演じている。
ハーレイ・クインともまた違う、狂気のかけらもない柔らかなムードは、彼女がその美貌だけではなく演技力においても一流たる俳優であることを証明していると思う。

ちなみに、タランティーノ作品がグロいまでの迫力ある暴力シーンが売りのように思っていると、本作ではやや肩透かしを喰らうかもだ。160分という長尺の本作だが、タランティーノぽい暴力全開なシーンはなかなか出てこない。

その意味で、本作はタランティーノらしくないが?、溜めに溜めた暴発はちゃんと現れるから、それをゆっくり待ってもらいたい、と思う。

画像: 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は最後の最後まで観ないとタランティーノらしいあの感じに辿り着けない

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

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