人間とドラゴンの共存を目指す、バイキングの若きリーダー ヒックは、ドラゴンの生まれ故郷である幻の聖地を探すことを決意するが、ドラゴンを人間の敵とみなす者たちの悪意が行手を阻む。
ボス・ベイビーなどのヒットアニメーションで知られるドリームワークス作品(2019年冬 日本公開)。

東洋の竜とは違う、西洋のドラゴンたちとの共存を目指すということの意味

多くの日本人にとっては、ドラゴン=竜であろうが(ドラゴンボールのドラゴンも、西洋的な造形ではなく 竜そのものだった)、竜は原則として中国伝来の神聖な生物であり、信仰の対象ではあっても邪悪なイメージは持っていない。
それに比べると、西洋のドラゴンは火や毒を吹いて人間に害をなすモンスターであり、駆逐の対象となることが多い。つまり、親愛の念を抱くよりも、恐るべき敵とみなすことの方が自然なのである。(ベオウルフなどに代表される伝説の英雄・勇者の多くは、竜を倒すことでその評価を高めている)
昨今ではファンタジー的ゲームの普及と人気により、日本人にも竜の神格に対するよりも悪魔側の怪物としてのドラゴンを認識している層が増えてきているかもしれないが、東洋の竜と西洋のドラゴンは別物であることには変わりない。

本作においては、ドラゴンはドラゴン、竜とは異なる悪魔的な印象を持つ怪物であり、その怪物との共存を目指すというヒックたちの挑戦は、人間世界の常識としてはかなり異端であることがわかるだろう。
最近のダークファンタジー作品では、それまでは人間の敵とされるモンスターたちとの相互理解や交流が描かれることも多くなっているが、妖怪変化の中にも人間との生活を営むことを好む存在(例えば座敷童子)があることを受容してきた日本人には、割と親しみやすいそうした設定(竜のみならず、「おばけのQ太郎」「ゲゲゲの鬼太郎」など異界の存在と共に暮らすという物語は、日本ではよくあり、それほど違和感の残るものではない)が、神と悪魔イコール絶対善と絶対悪といった二律的認識をベースとするキリスト教的感覚が強い欧米にあっては、そもそも 簡単には受け入れ難いものだと思えば、本作におけるヒックたちの試みが多くの敵を作りかねないものであることがわかると思う。

画像: 『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』異世界の存在との共存を目指すことの是非

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

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