2019年シーズンが最後の開催となったエアレース。その最終戦は、母国日本の千葉開催となった。そこでホームゲーム3勝目を獲得した日本の室屋義秀選手の戦いは感動的だった。そこで室屋選手は文字どおり有終の美を飾ったわけだ(写真:小平 寛)

初戦のラウンドオブ14、いきなりの敗北に絶体絶命の室屋選手

2016年の千葉戦初優勝を上回る感動をくれたのが2019年、つまり今年の千葉大会である。室屋選手は初戦のラウンドオブ14。その1戦目の一番最初にいきなり登場……そしていきなり負けてしまうのだ。現場で見ていた私も、いや誰もがこれで室屋選手のエアレースは終わった、と思っていた。本人も。

マスタークラスのパイロット14名。

HEAT1、つまり初戦で敗退してしまった室屋選手。FL(ファステストルーザー)として首の皮1枚繋がっている。

14名全員が戦ったラウンドオブ14。なんと室屋選手はFLとしてラウンドオブ8に進出だ。この時点で神がかっている。

レース後のインタビューで、「あの時は心臓が3回ぐらい止まった」と室屋選手が言うように、まさに絶対絶命である。しかし今思えば、それは感動的な結末の演出だったのかもしれいない。今ならそう思えて仕方がない。

ファルケンカラーが鮮やかな室屋選手の機体。

ファステストルーザー。最速の敗者というルールがエアレースにはあって、ラウンドオブ14で勝ち残った7名プラス敗者7名の中で最速タイムで飛んだ1名がラウンドオブ8に進出できるのである。それが室屋選手に微笑んだ。

誰しもが予想不可能、番狂わせな熱戦が続く

エアレース2019千葉戦のコース。

決勝当日は、台風が千葉方面に近づいていた。そのためエアレースイベントも4時間繰り上がって始まっていたのだ。そんな天(天候)も室屋選手に味方したかのようだった。一番最初に飛んだ室屋選手以降は、徐々に風も強くなってきてかなりの選手が機体のコントロールに苦労していたかのように見えたのだ。多くの選手がペナルティをもらっていたのもそのためだろう。

マルティン・ソンカ選手。2019シーズンのポイントリーダーだったが、まさかの初戦敗退。これがドラマを生んだ。

そして最大の番狂わせは、2019年シリーズのチャンピオンシップトップを走ってたマルティン・ソンカ選手がラウンドオブ14、つまり初戦で敗退したことだ。彼ばかりではない。2016年シリーズチャンピオンのマティアス・ドルダラー選手もここで姿を消している。そんな荒れ模様のラウンドオブ14。終わってみれば、なんと室屋選手はファステストルーザーとしてラウンドオブ8へ駒を進めていた。まさに天が味方したかのようである。

シルバーコレクター、マット・ホール選手。なんと1ポイント差で悲願のワールドチャンピオンに輝く。室屋選手とは大の仲良し。

そしてラウンドオブ8。ここでも室屋選手は神がかりな戦いを見せる。最初にフライトして57秒895と初戦よりもタイムを上げてきた。対戦するフランソワ・ルボット選手に十分なプレッシャーを与えられるタイムだ。果たして57秒台のタイムというプレッシャーとそして風の影響も受け、ポールヒットなどのペナルティを受け、敗れてしまうのだ。これで室屋選手のラウンドオブ4(決勝)進出が決まった。

2019千葉戦は3位に終わったが、シリーズチャンピオンとなったマット・ホール選手。

ラウンドオブ4に進出したピート・マクロード選手。ペナルティを受け4位に終わった。

59才、熟練のフライトは光ったカービー・チャンブリス選手。千葉戦は2位に入った。

室屋選手の他にラウンドオブ4に進出したのは、59才のベテラン、カービー・チャンブリス選手、ピート・マクロード選手、マット・ホール選手である。実は、マット・ホール選手とマクロード選手も2009年デビュー組。室屋選手と同期である。つまりこの千葉戦。決勝に残った4名のうち3名は2009年デビュー組の同期だ。ここでもひとつの物語ができている。とくにマット・ホール選手と室屋選手はとても仲がいい。そんなふたりが最終戦で熱戦を繰り広げる姿を見たかったのだが、なんとそれが最終戦のそれも決勝で実現した。

千葉戦前までのマルティン・ソンカ選手のポイントは65。2位のマット・ホール選手は61、室屋選手は55という順だった。

多くの応援が室屋選手を後押ししたことは間違いない。

実は千葉戦の優勝争いとは別に、この時点でもうひとつの戦いがあった。それはシリーズチャンピオン争いである。前述したようにトップを走っていたマルティン・ソンカ選手の敗退により、シリーズチャンピオンも室屋選手とマット・ホール選手の二人に絞られていた。ポント差は6。つまりマット・ホール選手が4位で室屋選手が優勝すればシリーズチャンピオンも室屋選手が獲得することになる。最後までわからない。このドラマの筋書きはどうなっているのだろう。これだけ劇的な物語を最近は読んだことがない。こんな筋書き、書けと言われてもなかなか書けるものではない。

人事を尽くして天命を待つ、極度のプレッシャーの中繰り広げられた最終決戦

そして始まったラウンドオブ4。最初に飛んだのはピート・マクロウド選手である。結果は決勝の重圧に負けたのか、天候が災いしたのか2つのペナルティ(+5秒)を受けて4位フィニッシュだ。

今年も軌跡を呼んだ室屋選手のフライト。

次に登場するのは、室屋選手。誰もがペナルティだけは……と祈る中、素晴らしいフライトを見せ58秒636という好タイムでフィニッシュ。ワールドチャンピオンとホームゲームでの優勝という極度のプレッシャーの中、ノーペナルティで飛んだ室屋選手に会場からは大きな拍手が送られ、そしてみんなが感動をもらっていた。人事を尽くして天命を待つ。あとはカービー・チャンブリス選手とマット・ホール選手のフライトを待つばかりである。

リザルトボード。初戦敗退した室屋選手はファステストルーザーとして一番下から優勝した。

3番目に飛んだのはカービー・チャンブリス選手だ。彼は2008年のエアレース開催からすべてに参戦する唯一の選手である。大ベテラン。その熟練の腕は、こうした難しい状況で発揮した。ノーペナルティの59秒601という素晴らしいフライトを見せた。これで室屋選手の2位は確定である。そして大トリはマット・ホール選手だ。

千葉戦のポディウム。中央は日本の室屋選手。左は2位のカービーチャンブリス選手、右が3位のマットホール選手。©Joerg Mitter / Red Bull Content Pool

実はマット・ホール選手は2015年、2016年、2018年にワールドチャンピオンに一歩届かない2位というトップパイトロットだ。千葉戦の前にはシリーズ2位。エアレース最後の年に優勝したいという思いは人一倍強かったかもしれない。定位置で甘んじていたわけにもいかずかなり気合いが入っていたはずだ。レッドブルエアレースの最後を飾るに相応しい選手である。3位に入ればワールドチャンピオンとうことあり、無理をしないフライトになるかと思っていたが、いつもどおりの果敢に攻め、さすがはトップパイロットだというフライトを見せてくれた。大拍手である。そしてマット・ホール選手の結果は善戦するが、1分0052。

優勝の瞬間、歓びが爆発した。©Joerg Mitter / Red Bull Content Pool

これで室屋選手の劇的なホームゲームの優勝が決まった。その瞬間、私は横にいたファルケンブランドを持つ住友ゴム工業の山本社長と抱き合って喜んでいた。それほど感動的なレースだったのである。ちなみに山本社長は室屋選手の人柄と可能性に惹かれてファルケンブランドでのバックアップを決めた人。先日、お会いする機会があり、そのときに室屋選手の話で大いに盛り上がったのだ。そして千葉戦での再会を約束、優勝が決まるその瞬間を一緒に観戦したと言うわけだ。

思えば2015年から千葉戦が始まって5年。室屋選手は2016年、2017年、2019年と5戦3勝である。この強さはヒーローでしか持ち得ない。そう室屋選手は我らがヒーローなのだ。そういえば、子供の頃。テレビで見ていたヒーローは、途中で苦戦に陥っても必ず最後は勝ってくれた。まさに室屋選手はそんなヒーローだと言えるだろう。

敗者から一転、勝者へ。「最速の敗者」。こんな感動的なドラマの筋書きはどんな小説家にも書けない。それをやってのけた室屋選手は本当に強運の持ち主でありそれに相応しい実力を備えている。「世界最速、操縦世界一」というのは室屋選手にこそ相応しい称号だ。

これほど興奮するエアレース。また再開されるのを待つしか今はできない。

さて、前述したがレッドブルエアレースは2019年シーズンで幕を下ろす。その最終戦が千葉戦だったわけだが、我らがヒーロー、室屋義秀の挑戦もここで幕を下ろしてしまうのだろうか。いや、彼のことだ。これからも挑戦は続けていくはずである。

2019年シーズンの最終順位。

少し時間ができたら、室屋選手のホーム、福島スカイパーク(飛行場)を訪れてみようか。そこでじっくりとまた話を聞いてみたい。室屋義秀という男は、かならず次の挑戦を熱く語ってくれるはずである。

戦い終わってほっとした表情だ。

千葉知充|Tomomitsu Chiba

創刊1955年の日本で一番歴史のある自動車専門誌「Motor Magazine(モーターマガジン)」の編集長。いままで乗り継いできたクルマは国産、輸入車、中古車、新車を含め20台以上。趣味は日本中の競馬場、世界中のカジノ巡り。