長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。そんな暮らしに慣れたのか飽きたのか、松ちゃんの心に不可思議な迷いが生まれて。
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第45話「砂漠のヘビ苺」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部

習慣となった珈琲豆の配達に出かけてみると……

馴染みのカフェ 炉煎に頼まれて珈琲豆を届けるのが、すっかり習慣になってしまったことに疑問を持たないでもないが、私はこの日もバイクでクミコと彼女の弟が経営するサーフショップに向かっていた。
すると、ショップの前でパトカーと救急車が止まっていて、ちょっとした人だかりができている。
喧騒の中にクミコの弟の姿を見つけた私は「おい、どうした?」と声をかけた。

よう、松ちゃん、と彼は落ち着いた表情で顔をこちらに向けた。どうやらクミコに何かあったわけではないらしい。
「事故だよ」と彼は言った。「女のサーファーが溺れたんだ。誰も知らない子なんだ」

オリンピックの競技に選ばれたおかげで、サーフィン人気が高まって、ここいらも急に混みだしたらしい。商売繁盛はいいことだと思うが、姉弟の二人だけで切り盛りするには、逆に大変らしい。

クミコになにかあったのかと一瞬思ったが、違ったらしい。

「しばらく店は閉める」と彼は言った。クミコは一足先にハワイに行っているらしい。
忙しさが増している中で、事故まで起きては気軽に仕事をすることもできないのはやむを得ないことだろう。

不満が形になっているわけでもないが、ギアを替えるように生活を変えたくなってきている松ちゃん?

その老人とはじめて会ったとき、彼女は私に向かって「若いねェ」と言った。五十を過ぎた私にとって、そんなことを言う相手はなかなかいない。

彼女は私が暮らす、廃墟のようなカフェの持ち主だ。ここいらの土地の地主のようなものらしい。
私は、何気に始めた自家栽培の成果(初めてにしては上出来な茄子)をもって、彼女を訪れてみた。

私には目的がある。

今の生活に何か大きな不満や不安があるわけでもないし、飽きたというわけでもないが、今の私には何か生活のリズムを変えたいという、どうしようもない衝動があるのだった。

私がそれを伝えたとき、老人は「えー?なにをやりたいってェ?!」と聞き返した。

果たして松ちゃんの目的とはなにか?
続きは次号で!

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki

湖のようにラグジュアリーなライフスタイル、風のように自由なワークスタイルに憧れるフリーランスライター。ここ数年の夢はマチュピチュで暮らすこと。