「これはいつものより大きい?」、「あの車、少しスピード出し過ぎ?」など、人間には経験で築かれた「勘」が備わっている。熟練の職人には、手の感触だけで数十分の1ミリの誤差もなくものを作れる人もいるが、ほとんどの人は「大きい」や「速い」はわかっても、実際にどのくらいかを数字で言い当てることはできない。しかし、あなた自身がわからなくても、ポケットから取り出したスマートフォンが人間は及ぶことがない精度の目見当で、こうした数値を割り出してくれる時代がすぐそこまで来ている。

iPhoneにも標準搭載の計測アプリがある

iPhoneに標準で入っている「計測」というアプリがある。起動するとカメラモードになるのでしばらく周囲を写しているとカメラが捉えたモノのサイズ感を掴み、長さや面積を割り出してくれる。例えば机に置いた箱などの端に照準を合わせ、画面上の「+」ボタンを押し、反対端でもう1度ボタンを押すと両者の間の長さが画面に表示されるわけだ。

もっと複雑な測定ができるアプリも登場しようとしている。iPhone/iPad用につくられたバスケットボール練習用の「HOME COURT」というアプリで、バスケットボールのゴールが映る位置でiPhone/iPadを固定して撮影。すると、何回シュートが決まり、何回外したのかを画像から判断してスコアカウントをしてくれる。さらに、ボールを投げた時の初速からボールを投げた角度まで割り出して表示してくれるのだ。

勘ではなく数値として示された情報を元に、自分のフォームや投げ方に修正をかけることができるAIを活用した本格的な練習用アプリというわけである。

バスケットボールのシュート練習アプリ「HomeCourt」

www.homecourt.ai

AIが推測してくれる実測不要の計測アプリも登場

今年、パリで表彰式があったLVMH Innovation Awardを受賞した「3D Look」というアプリは、正面・横の全身写真を2枚撮るだけで、身長や胸囲、ウェスト、手首のサイズまで全身24箇所のボディーサイズをAIが推察、バーチャル試着ができるアバターを作成してくれる。

スマートフォンを使った採寸というと、少し前に話題になった専用スーツを着て採寸するZOZOSUITの技術を思い出す人が多いかも知れないが、機械学習の進歩のペースは速い。下手をすれば専用スーツなしの計測の方が先に成功してしまいそうな勢いだ(ちなみに3D Look社は今後、この技術をさまざまなブランドに提供していく予定で、今の所誰でも試せるアプリがあるわけではない)。

今年のLVMH Innovation Awardを受賞した3DLook

3dlook.me

機械学習アプリで認識できるのは長さだけではない

「Triton Sponge」というiPad用の医療アプリもなかなかすごい。手術の現場では患者の出血は免れないが、いったいどれくらいの血を失ったかを予想するためのアプリで、米国の産婦人科を中心に採用が広まっている。

手術室では、患者の血はガーゼで拭き取る。そのため、多くの医院では血を拭き取ったガーゼの重さを測り、そこから失血量を推測する。しかし、実際にはガーゼには消毒液や水、さらに出産時であれば羊水などの液体も含まれており、重さだけでは正確な失血量は測れない。

ところが、赤外線カメラを外付けしたiPadにガーゼの血のシミを見せると、そこに何ミリリットルの血が染み込んでいるかを機械学習の成果を元に推測してくれるのだ。

ガーゼにできた血のシミの形をみて血液の量を測るGauss Surgical社のTriton Sponge

www.gausssurgical.com

これまで人間が勘でまかなっていた視覚情報を数値として示してくれるこれらのアプリ。もちろん、現段階では完璧ではなく、一番簡単そうなiPhoneの「計測」アプリですら不正確なことはある。

しかし、休まず学習を続け精度をあげ続けるのがコンピューターと人との大きな違い。今はまだ不正確でも、今後は精度があがることはあっても落ちることはないのだ。

スマホが人間の五感を補い、かざすだけで身の回りのあらゆるものを数値化し正確な判断を手助けする時代が、すぐそこまでやってきている。

林 信行 | Nobuyuki “Nobi” Hayashi
ジャーナリスト/コンサルタント。我々の社会や生活を変えるテクノロジーやデザインを模索し発信。ジェームズ・ダイソン財団理事。著書、連載多数。
Twitter:@nobi