体重を考慮しなければ、つまり体重差がなかったとしたら誰が最強か?という評価方式のことをパウンド・フォー・パウンド(P4P)という。ここ数年、そのP4Pで常に最上位(つまり最強)と評されているのがワシル・ロマチェンコ(31歳・ウクライナ)だ。
現在WBAライト級スーパー王座およびWBOスーパー王座に君臨する彼だが、2019年8月31日(日本時間 9月1日)WBC世界ライト級のベルトを賭けてWBC1位 元ロンドンオリンピックバンタム級金メダリストのルーク・キャンベル(英)と戦い、3対0の判定勝ちを納めた。これでロマチェンコの戦績は15戦14勝10KO1敗となった。

オリンピック2連覇の天才ボクサー

ロマチェンコは身長170cm、リーチ166cmと、ライト級(130 - 135ポンド (58.967 - 61.235kg) )としては小柄だ。元々はフェザー級(122 - 126ポンド (55.338 - 57.153kg) )だったが、わずか3戦目で王座を獲得すると、スーパーフェザー級(126 - 130ポンド (57.153 - 58.967kg))、そしてライト級へとステップアップ。その卓越したテクニックとスピードで、史上最速で3階級を制覇したことで、現在 パウンド・フォー・パウンド最強の称号や、ボクシング史上最高傑作という高い評価を得ている。

彼が凄いのは、アマチュアでは397戦396勝1敗という、ほぼ完ぺきな戦績を残していることだ。しかもその間にオリンピック2連覇(北京オリンピックフェザー級、ロンドンオリンピックライト級)している。

プロに転じてからは2戦目でWBO世界フェザー級に挑戦して(体重超過で王座を喪失した相手との試合で)判定負けを喫したものの、その後はプロでのアグレッシブな戦い方によって相手を倒すボクシングを身につけ、“ハイテク”(精密機械)というニックネームとともに、史上最高のボクサーであるとの評価を得るまでに至っている。

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ロマチェンコは体格に恵まれていないことでもわかるが、一発の強打の持ち主ではない。巧みな連打によって相手を倒すのが身上だ。
速いステップインで相手との距離を詰めるうまさもさることながら、まるでダンサーのように左右に舞うフットワークが素晴らしく、しかも動きながら顔面でもボディでも隙があれば自由自在に打ちまくる。打ちながらもひらりひらりと動き回るから、相手の正面に立つことがほとんどない。したがって相手に打ち込まれるということがないのである。

メイウェザーのようにディフェンスに優れて巧みにパンチを避ける、というよりも、相手が打とうとしたときにはそこにいない、というポジショニングのうまさがロマチェンコの凄みであり、パッキャオのように踏み込みが速いというよりも、自分のパンチは届くけれど相手のパンチは当たらない場所にいつのまにかスルスルと忍び寄るうまさがロマチェンコの脅威的力の源泉だ。

しかも、その脚をつかって距離をとるのではなく、距離を詰めるのがロマチェンコ。常にプレッシャーをかけて攻勢に出るからこそ、彼は高い評価を得ているのである。

今回のタイトルマッチでロマチェンコに挑んだキャンベルも上述のようにロンドンオリンピックの金メダリストであることからテクニックは折り紙つき、しかもロマチェンコよりも長身(175cm)でリーチも長い。(ロンドンオリンピックではロマチェンコよりも下の階級のバンタム級での実績だが、ロマチェンコよりもライト級らしい体格と言える)
しかし、結局のところ、KO負けこそ免れたものの、ロマチェンコの敵ではなく一蹴されたと言っていい結果となったのだった。
(キャンベルの名誉のために敢えて付け加えれば、金メダリストらしい素晴らしいテクニックでロマチェンコに対抗したし、よく研究していたとは言える。しかし、よく善戦した、それ以上ではなかった)

活況のボクシングシーンにおいてロマチェンコが持つであろう唯一の憂鬱は?

2019年現在のボクシングシーンでは、ライト級ではロマチェンコ、ウェルター級ではパッキャオを軸としてIBF王者のエロール・スペンスJr. やWBC王者ショーン・ポーターなど、ヘビー級ではデオンテイ・ワイルダー、タイソン・フューリー、それにクルーザー級から階級を上げてくると思われるオレクサンダー・ウシクなど。ミドル級ではサウル・カネロ・アルバレス、ゲンナジー・ゴロフキン、ジャーモール・チャーロなど、複数の階級でスーパースターあるいはスーパースター候補が数多くいる状態だと言える。

(追記:バンタム級に井上尚弥がいることを忘れていた)

ただ、その中でそのうまさ・強さで圧倒的な存在と言えるのはロマチェンコであり、同時にほかの階級のスターたちは、同階級に並び立つライバルの姿があるのに対して、ロマチェンコには現時点で彼に対抗しうるような存在がいない。それだけ彼が傑出していると言えるが、同時に彼の限界を引き出せる相手がいないということは、大金を稼ぐメガファイトのセッティングが難しいということでもある。

つまり、ロマチェンコの今後の戦いは、少しでもオッズが近くなる相手を探すこと、だと言えるかもしれない。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。