人類初の月面着陸を果たした宇宙飛行士アームストロングを、『ラ・ラ・ランド』で大ブレイクしたライアン・ゴズリングが鮮やかに演じている。
世界初、の称号を持つ者は数多くいるが(世界で初めて有人飛行に成功したライト兄弟や、世界で初めて音速の壁を超えたチャック・イエーガーなど)その中でも最も有名な偉業を遂げた人物と言えるだろう。
(ちなみに2019年9月の本メディアのテーマである“挑戦”のトップ画像は、アームストロングが月面に残した足跡である)
1961年5月25日、ジョン・ケネディ大統領が発表した「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」という公約を実現した男たちの物語
1960年代初頭。米ソの冷戦の影響は宇宙開発へと飛び火していたが、ソ連が1961年4月12日にボストーク1号による史上初の有人宇宙飛行(宇宙飛行士はユーリ・ガガーリン)を成功させたことにより、米国としてはなんとしてもソ連のそれを上回る成果を実現する必要に駆られていた。
そこで米国大統領ジョン・F・ケネディは、1961年5月25日に「1960年代中に人間を月に着陸させる」という壮大な公約を発表し、不退転の覚悟でソ連を追い抜くことを宣言した。この非常に困難なミッションの実現のために指名されたのが宇宙飛行士ニール・アームストロングだった。
この人類初の月への有人宇宙飛行計画は、アポロ計画と名付けられ、NASA(アメリカ航空宇宙局)とアームストロングらクルーは、公約ギリギリの1969年7月16日にアポロ11号によって月面着陸に成功し、有名な「これは人間にとっては小さな一歩に過ぎないが、人類にとっては偉大な飛躍だ。ーThat's one small step for man, one giant leap for mankind.ー」という名言を残した。
本作『ファースト・マン』は、史上初めて月面(2019年現在に至るまで、イコール 地球以外の天体の地表)に降り立った初めての人間(=ファースト・マン)であるニール・アームストロングと、彼を支え続けたNASAのスタッフやクルー達の無謀かつ偉大な挑戦を克明に描いた作品である。
Reach for the moon, even if we can't(月を目指せ、たとえ不可能だとしても) by ジョー・ストラマー
1961年、海軍の新機体のテストパイロットであったニール・アームストロングは、幼い三女を脳腫瘍で亡くした哀しみを振り切るために、人類を月面に送るという壮大な目標を掲げたNASAへと転職し、ヒューストンで宇宙飛行士を目指す訓練に身を投じた。
前述のように、宇宙開発においては冷戦の相手であるソビエト連邦に大きく水を開けられていた米国は、世界の超大国の威信にかけてソ連を上回る成果を上げねばならなかったのだ。ロケット技術や引力を振り切り大気圏の外へと飛び出すための物理学的な計算が必要なことはもちろん、その技術を使いこなし、人類未踏の事態や環境にあっても耐え抜く体力と知力を兼ね備えたパイロットを育て上げねばならない。
そんな過酷な訓練の中、多発する失敗や事故がアームストロングの同僚の命を奪う。それでもNASAと、アームストロングら訓練生は挑戦を止めることはできなかった。
月を目指す。月面に降り立つ。
誰もが知る、無謀な挑戦。
それでも彼らは(地上で飛行士たちの帰還を待つ家族たちも含めて)その試みから降りることはできないのだった。
意味はなくても意義はあったアポロ計画
アポロ計画そのものは、冷戦の一つのテリトリーの中の話であり、超国家同士の意地の張り合いの結果もたらせた成果にすぎないかもしれない。
事実、1972年12月に成功を収めたアポロ17号による月面着陸から、現在に至るまで、同様の計画は実行に移されていない。月面を目指すテクノロジーや月から得られた知識は、我々にとって膨大な資金を投じるに見合うほどではない、ということなのだろうし、米ソの冷戦というある意味異常な政治的意図がなければ、意味が薄い、ということになるのだろう。
ただ、それでも、動機はなんであれ、人類が地球以外の天体に降り立ち生還するという、知的好奇心を満たす壮大な冒険を成し遂げたことは、我々にとって本当に不可能なことはない(もしくは少ない)という実証になり、多くの人間に勇気をあたえることになった。
月面に降り立ったことで得られたモノは少ないかもしれないが、強く望めばできないことはない、という我々が持つ無限の可能性の存在を信じさせてくれる力になった。
本作には、同じアポロ計画を描いた『ドリーム』などとは違って、作品自体には社会的なメッセージは少ないように思える。ただひたすら、無謀な試練にひるまなかった人々の、命がけの挑戦を淡々と描いた(画面自体は非常にドラマティックではあるが)、非常に美しい作品である。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。