北の大地で芽生えた恋の予感。案外身近な日常へと繋がって・・・
オートバイ2019年11月号別冊付録(第85巻第17号)「OLD is New」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部

北の大地でのささやかな出会い

私はトシユキ、24歳だ。大手金属加工会社に勤務している。
この日は夏季休暇を利用して、愛車のカワサキGPZ900Rとともに出かけた北海道ツーリングの途中だった。(え?どんなバイクだって?いやだな、ニンジャだよ、ニンジャ。)

通りがかりの牧場で牛の移動で行先を遮られた私は、麦わら帽子とロンT姿が眩しい、若く美しい女性の指示に従って、牛たちが牛舎に戻っていくさまを眺めていた。いや、ヘルメットに隠れていることをいいことに、私の視線は牛ではなく、彼女に吸い寄せられていたことを告白しておく。

ほどなくして牛たちの移動が終わり、彼女が囲いを開いて私に道を開いてくれたので、私はスロットルを軽く開けて横をすり抜けた。

彼女に心惹かれたのは事実、しかし、旅行先での出会いなんて実るはずもなく、淡い期待を抱くわけもない。軽い未練はバイクの排気音とともに北の大地の爽やかな風とともに消え去るはずだったのだ。

思いのほか身近にいた女神

そんな一夏の淡すぎる、ほのかな想いに火がついたのは、本当に偶然だった。
夏休みを終え、普通の日常に戻ったはずの私は、昼の弁当を買いに会社近くの弁当屋に立ち寄ったある日、その弁当屋で働いているのが、北海道で出会ったあの彼女であることを発見してしまったのだ。

こうなると私の恋心は止まらない。
私は彼女に話しかける機会を待った。

きっかけはニンジャ

きっかけは私のバイクだった。

「覚えているわよ、このバイク」と彼女は言った。ヘルメットをかぶっていた私の顔は分からなくても、ステッカーでタンクを飾った私のバイクは印象的だったらしい。というか、彼女の父親が昔同じバイクに乗っていたということだった。

近所の大学に通いながら獣医を目指しているのだ、と彼女は言った。北海道の牧場で働いていたのは大学の実習のためだったらしい。
いや、そんなことはどうだっていい、私はどうにかして彼女と仲良くなりたい、その一心だった。だから「土日は休みですよね、じゃあまた来週!」と私は彼女にまた会いに来ることをほのめかしたが、意外にも彼女はこう言ったのだ。

「あしたニンジャに乗せてくれない?」

いやおうもない。私の心は激しく踊った。

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki
湖のようにラグジュアリーなライフスタイル、風のように自由なワークスタイルに憧れるフリーランスライター。ここ数年の夢はマチュピチュで暮らすこと。