自動車専門誌Motor Magazine、とくにプレミアムクラスの新型車情報を扱う編集部スタッフにとって、誰よりも早くさまざまなニューモデルに試乗できることは最大の特権と言えるだろう。たまたまそんな編集部に配属されて、たまたま2000万円越え当たり前なクルマたちにまつわる不定期連載を任された一スタッフが、日帰り撮影でお付き合いさせていただいたのが、この極上インテリアを持つプレミアムサルーン。もっとも、オプションを含めれば4000万円を超える。ただの「プレミアム」では絶対的に表現が貧弱すぎる。そこに待つのはまさに夢のような世界。さてあなたなら……前から乗る? 後ろから乗る?(写真:永元秀和)
※本連載はMotor Magazine誌の取材余話です。

増税前に買っておけば、おおよそ70万円も節約できたのにぃ……

ベントレーのブランドアイコンと言えば、「フライングB」。左右で羽の数が違うのは偽造防止のためだとか。

ついに消費税が10%に引き上げられた。

ささやかな生活防衛のために、実は軽減税率対象であることを忘れてペットボトル飲料を爆&箱買いしてしまった私のような人は、各種報道を見ている限りではけっして少なくないに違いない。

もっともたとえば近所の業務スーパーで、聞いたことのないメーカー名の「コーラ」と名づけられた飲み物の消費税が間違って2%引き上げられたとしても、78円×24本入り×4箱を買って節税できる金額は……149.76円だった。ううむ。

その一方で、増税前に買っておけば、ポポンと70万円ほど節約できてしまったかもしれない車もある。それが、今回ご紹介するベントレー ミュルザンヌ スピードだ。

なにしろこのミュルザンヌ スピード、世界でも有数のラグジュアリーブランドのラインナップにあって、もっとも高価なプライスタグがつけられている「トップモデル」だ。ベースとなるミュルザンヌが日本デビューを果たしたのは、2010年3月。2016年に改良された新型がリリースされ、私が初めてそのハンドルを握ったのは2019年12月のことだった。その頃のMotor Magazine誌掲載の車両本体価格は、税込で3855万円に達していた。

それがほどなく2019年5月の価格改定で税込3873万9600円となり、さらに今回の消費増税に合わせる形で2020年モデルから3945万7000円へと変更されている。税金だけの話ではないのだけれど、1年足らずで約100万円の変動とは……。

もっとも、本気でベントレー購入を検討できる富裕層にとっては、そのくらいの価格差はあってなきがごとしなのだろう。100万、200万円程度の増減で買う気がブレることなど、きっとありえない。

「余談」の中の余談。3000万円オーバーの車はやっぱり特別だ。

そもそも、日本の自動車市場において、3000万円オーバーの車というのはやっぱりそうとう貴重品らしい。Motor Magazine2019年11月号P139〜P145の新車価格表でチェックしてみると、ブランドとしてもっとも高額なラインナップを揃えているのはロールスロイスだった。下限でも3410万円(ゴースト)で、上限は6540万円(ファントムのEWB)となる。

3000万円越えクラブとしてそれに続くのが、以下のブランドたちだ。後ろの数字は扱っているラインナップの価格帯。車両価格上限が高いブランドから順に並べてみた。

第1位:ロールスロイス 3474万円〜6670万円(ファントムEWB)
第2位:ランボルギーニ 2582万円〜6285万7449円(アヴェンタドールSVJ スパイダー)
第3位:フェラーリ 2560万円〜4350万円(ピスタ スパイダー)
第4位:ベントレー 2041万6000円〜3945万7000円(ミュルザンヌ スピード)
第5位:マクラーレン 2410万円〜3788万8000円(720S スパイダー)
第6位:アストンマーティン 2011万8376円〜3691万1981円(ヴァンキッシュS ヴォランテ)
第7位:メルセデスAMG 824万円〜3605万円(S65 カブリオレ)
第8位:ポルシェ 692万5926円〜3178万7963円(パナメーラ ターボS E ハイブリッドエグゼクティブ)
第9位:アウディ 304万円〜3146万円(R8スパイダー)

あらためて価格帯ごとに並べて見ると、ランボルギーニ、フェラーリといったレア度が桁違いのイタリアンぶっ飛びスーパーカー軍団は置いておいて、英国発のブランドたちのプレミアムぶりが俄然光ることがわかる。ロールスロイスとベントレーだけでなくマクラーレンやアストンマーティンまで、ドイツプレミアム御三家をさしおき突出した「高額」ブランドとしてのポジションにあることが、興味深い。

ベントレーが「ドライバーズカー」と言われるのはなぜなのか?

ご存知のかたも多いと思うがベントレーは、30年代から90年代末にかけて、ロールスロイス傘下にあって基本メカニズムを共有していた。ただし、与えられた個性はそれぞれ異なる。ロールスロイスは職人の手作りによる妥協のないスーパーラグジュアリーブランドであり、ベントレーはそのハイスペックモデルを扱うよりスポーティなランドとしての位置付けだ。

ロールスロイスの傘下に収まる以前、1919年の創立以来、ベントレーの高性能高品質ぶりは当時の自動車メーカーの中でも群を抜いていた。さらには1920年代半ばからのルマン24時間耐久レースで見せた圧倒的強さが、単なるプレミアムブランドとは一線を画したスポーツモデルとして伝統を築き上げるきっかけとなる。それはロールスロイスとの70年ほどにわたる蜜月でも一切揺らぐことのない、ベントレーならではの世界観だったと思う。

90年代末、紆余曲折の末にロールスロイスがBMW、ベントレーがフォルクスワーゲン、それぞれの傘下に収まったことで、ふたつのブランドはたもとを分かつことになった。以来、すでに20年ほどが経過しているけれど、生産体制や車の設え、技術に対する妥協なき姿勢には、いまだに濃厚な共通性が感じられる。

ロールスロイスはショーファーイメージが強く、ベントレーはドライバーコンシャスなキャラクターが強い、という伝統的な差別化もまた健在だ。しかし実は今回のミュルザンヌ スピードを試乗する直前まで、その一般的な思い込みに疑問を感じていた。そもそも、ミュルザンヌ スピードのディメンジョンを見ている限りでは、少なくとも日本の交通事情のもとで運転していても、幸せになれるとは思えなかったからだ。

全長は5.5mを超える。全幅1925mmと相まってほとんどのタイムズはお断りされることだろう。2770kgという車両重量にもじゃっかん腰がひける。もっと驚異的なのは、6.75Lというなんとなく半端なキャパシティだけれど半世紀以上の伝統がある排気量のV8エンジンによって、わずか1750rpmという低い回転域から1100Nmもの最大トルクを発生しているところだ。

こうした数字の羅列を見ていると、とても運動神経に優れているとは思えない重量級ボディが、暴力的に強力な心臓に引きずられて無理くり加速させられていく、の壮絶な画が目に浮かぶ。加速時もブレーキング時も、カーブを曲がるときにすら「よっこらしょ、どっこいしょ」と思わず気合いを入れてしまいそうになる、ような気がしていたのだ。

5575mmの全長に対して、ホイールベースは3270mm。リアオーバーハングの長さが、半端ではない。

しかしそれは思い切り誤解だということが、ほどなく判明する。