自動車専門誌Motor Magazine、とくにプレミアムクラスの新型車情報を扱う編集部スタッフにとって、誰よりも早くさまざまなニューモデルに試乗できることは最大の特権と言えるだろう。たまたまそんな編集部に配属されて、たまたま2000万円越え当たり前なクルマたちにまつわる不定期連載を任された一スタッフが、日帰り撮影でお付き合いさせていただいたのが、この極上インテリアを持つプレミアムサルーン。もっとも、オプションを含めれば4000万円を超える。ただの「プレミアム」では絶対的に表現が貧弱すぎる。そこに待つのはまさに夢のような世界。さてあなたなら……前から乗る? 後ろから乗る?(写真:永元秀和)
※本連載はMotor Magazine誌の取材余話です。

オレにも触らせろ!と拝みたくなる、珠玉のインターフェイス

まずはリアシートに身を沈めてみる。そこはどこかクラシカルな華やかさが漂う、なんとも贅沢な空間だった。ウッドやメタル、レザーに至るまで素材そのものの質感が高い。デザイン面でも落ち着きの中に優美さが漂う。人の肌が触れる本革内装部分に施された優しい風合いの「ダイヤモンドキルト」などは、まさに“機能美”の究極と呼びたくなる仕上がりだ。

車外の風景に目をやるのはもったいない。ずっと、その上質な室内のおもてなし感を楽しんでいたい。座り心地も乗り心地も、さすがに3000万円越え。いや、ほとんど4000万円に近いのだ。少なくとも30分くらいはそう思った。なおさら「どこがドライバーズカー?」という疑問が深まっていく。

インターフェイスはどこかクラシカルなレイアウト。それでもメーター中央には、液晶のインフォディスプレイを装備して、各種情報を素早くチェックできる。内装色のバリエーションや装備など、徹底的なパーソナライズを可能としている。

ところがしばらくすると、身体がなぜかウズウズしていることに気づいてしまった。リアシートからドライバーの体越しに見えるインストルメントパネルの造作が、なんとも言えず「触って見たい」感を刺激してくるのだ。

つややかな風合いのステアリングホイールを握ってみたい。小ぶりだけれど、上品に輝くパドルシフトを操ってみたい。ブルズアイベントを調整してエアの吹き出し具合を変えてみたい。ローレット加工が施されたエアベントを、意味もなくカチャカチャしてみたい。

何より、ワープするかのように滑らかで力強い加速を、自分自身で操ってみたくて仕方なくなる。こうなると、もはやドライバーズカーとしてのベントレーの、贅沢な誘惑から逃れることはできそうにない。

ミュルザンヌ スピードは確かに、「運転席に座って見たい」という男の欲望を刺激する不思議なフェロモンを発散しているようだった。そしてそのフェロモンは、実際に走らせれば走らせるほどに、ムンムンと濃密感を増していく。

ドライビングインプレッション

0→100km/h加速はわずか4.9秒。とはいえ、あくまでもジェントルマン級のドライビングがやはり似合う。

ドライバーズカーとしてのミュルザンヌ スピードの最大の魅力とは、実ははじめに疑問を呈した「大きさ」と「重さ」そのものにある。正確には、そうした物理的な素性から生まれる「重厚感」というべきかもしれない。

4WDを含め電子制御の駆動力配分システムなどはついていない。エアサスペンションこそ、ドライバビリティを向上させるSportモードが設定されているが、5.5m、2770kgのグラマラスなボディを意のままに操るには、それなりのコツがいる。

はじめから大きさや重さを考慮したハンドリングを心がけることが、なにより大切だ。ステアリングホイールを切ればフラットな姿勢を保ちながら涼しい顔でコーナーをクリアしていく最近のハイテク高性能モデルとは一線を画する、「操る」醍醐味が、そこにはあると思う。

「6 3/4LITTLE」は、ベントレー にとってアイコン的排気量。エンジンを組み上げた職人の名前が入ったプレートが、すべての車に付く。

アクセルペダルの踏み込みに対するエンジンの吹き上がりもまた、重厚感がたまらない。シュンシュンとウルトラスムーズかつ軽やかに回るのではなく、ひとつひとつのムービングパーツが軽くフリクションを伴いながらも、モリモリと力を絞り出しているような機械的精密感が、とても味わい深いのだ。

なるほどこれは、左ハンドルで乗りたくなるワケだ

今ほど右ハンドルが普及していない時代から輸入車に乗り継いできた正真正銘の「通」が多いから……など、英国発の高級ブランドユーザーの多くが左ハンドルを愛用している理由には、諸説ある。

運転していてもうひとつ、気づいたことがある。この特別感を味わうのに、左ハンドルはまさに最適だということだ。

ロールスロイスやベントレーは日本と同じ左側通行の英国生まれ。このミュルザンヌ スピードの生産も英国クルー工場で行われている、それなのにユーザーの多くは左ハンドル仕様をオーダーする、という話を聞いたことがあった。

なるほど、実際に運転して見ると左ハンドルならではのある種の違和感が、特別な車に乗っているという実感をより強く感じさせてくれるように思える。そう思えば、リアシートで寛いでいる時であっても、そんな特別感(というより格別感?)が強く感じられた。

なにはともあれ後ろから乗っても前から乗っても、ミュルザンヌ スピードがまとったベントレーのオーラには、一片の淀みも濁りもない。作り手の想いに迷いがない純粋無垢な最高級サルーンとは、それがどんなにスポーティであることを主張していたとしても、とことん厳かで品が良く紳士的な「上流」感をまとうものだということを、思い知らされる。

そこには厳然としたヒエラルキーがあるのだけれど、けっして疎ましさや嫌味な感覚を伴わないことが、なんとも不思議だ。皮肉抜きで感じられる「育ちの良さ」は、妬みもそねみも吹き飛ばし、とことん鷹揚に憧れだけを煽る存在へと純化させていたのだった。

こぼれ話:Betley純正ハチミツのお味が気になる!

ミュルザンヌ スピードも製造されているベントレーの生産拠点が、英国クルー工場。そこでは、約4000人と言われる従業員たちとは別に、12万匹の「働き者」たちが新たな取り組みに精を出しているという。

彼ら=ミツバチたちの仕事は、花の蜜集め。2018年5月から始まった定置養蜂事業が着実に成果を挙げ、1年と少しが経った9月に初めての収穫が行われた。

せっせせっせと集められたハチミツは、100本を超える専用の瓶に詰められた。華やかだけれど上品なラベルデザインは、ベントレーのインテリアデザインを手がけたルーズ・マッカラムが手がけたそうだ。それだけでも、この上なく贅沢だ。

ぜひ1本、手に入れてみたいものだとは思うけれど……公式ニュースリリースによれば、「スタッフに配るためだけでなく、クルー工場を訪ねてくださる大切なお客様への贈り物にも相応しい」とのこと。これはさすがにハードルが高そうだ。

もっとも、この定置養蜂事業の1年目は、お試し的な2箱から始まっている。そして来年以降は、より多くの巣箱を設置することが明らかにされている。生物多様性の保全、というサスティナブルな取り組みのひとつなのだけれど、もしかするとベントレー工場発クルー産ハチミツは今後、この地域の名物になるかもしれない。

その暁にはぜひ、誰かお土産に買ってきてくれないかな。

ベントレー ミュルザンヌ スピード主要諸元
●全長×全幅×全高=5575×1925×1530mm/ホイールベース=3270mm/車両重量=2770kg(サンルーフ付2800kg)/乗車定員=5名●エンジン=V型8気筒DOHCツインターボ/総排気量=6747cc/ボア×ストローク=104.0×99.0mm/圧縮比=8.9/最高出力=395kW(537ps)/4000rpm/最大トルク=1100Nm/1750-3250rpm/燃料・タンク容量=プレミアム・96L/C02排出量(EUドライブサイクル)=342g/km/トランスミッション=8速AT/サスペンション形式=前ダブルウイッシュボーン・後マルチリンク/タイヤサイズ=265/40ZR21/ブレーキ=4輪Vディスク/ボディカラー=Silver Taupe●0→100km/h加速=4.9秒/車両価格=39,457,000円

試乗車装着オプション【オプションを含む取材車価格... ... 41,581,200円】
オプションペイント:797,400円、21インチMulsanne Speed ホイール ダークティント:232,700円、後席用プライバシーガラス:275,000円、フロントコンパートメントのサンルーフ:457,100円、メディア収納用引き出し&マイナーゲージへのウッドパネル装着:86,000円、ウエストレールにBentleyウィングバッジ&クロムインレイストリップ:391,000円、ウッド&ハイドステアリングホイール(4本スポーク):363,200円、ウッドギアレバー:96,700円、シートパイピング:338,800円、アダプティブクルーズコントロールシステム:543,300円

神原 久|Hisashi Kambara
Motor Magazine誌など自動車雑誌の編集者としてはや30年が経過。「寄り道」と「回り道」が好きで、自動車以外にも五輪写真集や美人アスリート本、外国人ジャーナリストの文化論的単行本など、さまざまなジャンルの媒体編集を担当。特技はバレエ。趣味はゴスペルとバドミントン、配信動画鑑賞。