そこに見たのは、細く長くつながる一本の道とそこを走るクルマであった。どこまで続く道なのだろうか。もしかしたら、ヨーロッパまで……?
ならば、東京の自宅からユーラシア大陸を陸路で横切り、はるか大西洋に臨むことができる。
自ら運転する中古のカルディナで行く「大陸横断」。2003年の夏に、クルマによるユーラシア大陸横断を実現させたのは、※本誌の連載企画“クルマの「光」と「影」”の筆者であった。(文:金子浩久/写真:田丸瑞穂)
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。
ヨーロッパまでロシアの大地を走ってみたかった。
成田発ロンドン便の窓側シートに座って下を眺めていたら、三日月湖が見えた。
蛇行した川のカーブ部分が長い時間を掛けて流れに浸食されて、三日月型の湖に変わってしまうという、小学校の理科で習った「三日月湖」だ。完全に三日月の形になってしまっているものもあれば、今なりつつあるものもある。いずれなるだろう川もたくさん見えた。川は林や野原、湿地帯を貫き、建物などの人工的な建造物は一切見当たらない。
川の流れに任せて湖ができてしまうほど、人間の手が入っていない地域だ。東京で生まれて東京に暮らしていると、川が地形を変えていく過程など見ることはできない。
へーえ、スゴいなぁ。三日月湖って、本当にあるんだ。
窓の外には雲ひとつない青空が地平線まで広がり、眼下にはシベリアの原野がどこまでも続く光景が見事だった。
三日月湖と川の間を細い線がスーッと西方向へ伸びているのが見えた。人工的な直線だから、道路か線路だろう。よく見ると、小さな点のようなものが線の上を移動している。
ありゃ、クルマじゃないか!?
クルマだ、クルマだ。晴れているから、こんな上空からでもクルマだってことがわかる。速いんだか、遅いんだかわからないけど、確かにクルマが道の上を走っている。
自らの意志による移動の魅力
運転してたどり着くことの意味
ゴーッというジェットエンジンの排気音に包まれながら、初めて飛行機に乗った時のようにしばらく見惚れてしまった。こんな、誰も住んでいないようなところにも道路が通って、そこをクルマが走っている。ということは、ここをずっと走っていけばヨーロッパまで行けるんじゃないか。道はあるのだ。
頭の中で、何かと何かがぶつかり合って、スパークした。
いままで、日本からヨーロッパへ行くということは、こうして飛行機に乗ることを意味していた。もちろん、船で行くこともできるけど、現実的ではない。船にしたところで、客船なり、貨物船の乗客として運ばれていくことに変わりはない。
下の道を走っているクルマのように旅ができたら、自らの意志と運転でヨーロッパまで辿り着けるかもしれない。
東京からクルマでヨーロッパまで運転して行く!
なんて魅力的な旅だろう。
ロンドン滞在中も、クルマでヨーロッパへ行くことは頭からずっと離れなかった。東京に戻ってきて、スーツケースを片付けるよりも先に、昭文社の「世界地図帳」を広げた。
飛行機の上から見えた、シベリアのあの道を通ってヨーロッパにクルマで行くためには、東京から北海道なり、新潟なり富山まで運転していって、そこからクルマを船に乗せて中国かロシアに上陸しなければならない。中国なら天津か上海、ロシアならウラジオストクになるのだろう。
今、ユーラシア大陸横断の旅から帰ってきて数年前のことを思い出すから、こうして順序立てて書くことができているけれど、最初はただただ地図帳を広げて夢想しているだけだった。
そんな時に、当時東京造形大学教授だった波多野哲朗先生と学生たちによるバイクとクルマでのユーラシア大陸横断の記事を、バイク雑誌で偶然見付けたことは大きな光明だった。たった3ページの記事にすべてが記されているはずもないので、すぐに会いに行った。
たくさんの質問に先生はすべて答えてくれ、僕の疑問と情報不足は大幅に解消された。それによると、先生たちの採ったルートは富山からフェリーに乗ってウラジオストクに上陸し、北西の国境の町スイフンガで中国に入国。中国を北西に抜け、ハルピンを経由して、満州里で再びロシアに入国し、西へ向かうというものだった。そのままモスクワ経由でヨーロッパへ入り、最終目的地はポルトガルのロカ岬。つまり、ユーラシア大陸最西端の地だ。
実際的な疑問も解かれていった。
〈道路は舗装路がほとんど、未舗装路も踏み固められているから、往生するようなことはない〉
〈燃料や食事などで困ることはない。トラック運転手のための民宿や食堂などが街道沿いにある〉
〈治安については、幸い心配になるようなことは何も起こらなかった。バイクとクルマは必ず管理人のいる駐車場に停めていた〉
〈テントで何泊かしたが、念のため街々の出入り口にある検問所の脇に張れば24時間警官が常駐しているので、絶対に安心〉
実際にバイクとクルマでヨーロッパまで行った人に話を聞けたことで、僕のユーラシア大陸横断旅行の計画は転がり始めた。(続く)
トヨタ カルディナCZ1800(1996年式)
●Engine
型式:7A-FE(リーンバーン)
種類・シリンダー数:直4DOHC
総排気量cc:1762
ボア×ストロークmm:81.0×85.5
圧縮比:9.5
最高出力kw(ps)/rpm:85(115)/5400
最大トルクNm(kgm)/rpm:155(15.8)/2800
●Dimension&Weight
全長×全高×全幅mm:4545×1695×1450
ホイールベースmm:2580
トレッド前/後mm:1465/1450
車両重量kg:1455
●Chassis
駆動方式:FF
トランスミッション:4AT
ステアリング形式:ラック&ピニオン
サスペンション形式 前:ストラット/後:ストラット
ブレーキ 前:Vディスク/後:ドラム
タイヤサイズ:185/65R14
●PRICE
車両本体価格(万円):201.0[新車時]
金子 浩久 | Hirohisa Kaneko
自動車ライター。1961年東京生まれ。このユーラシア横断紀行のような、海外自動車旅行を世界各地で行ってきている。初期の紀行文は『地球自動車旅行』(東京書籍)に収められており、以降は主なものを自身のホームページに採録。もうひとつのライフワークは『10年10万kmストーリー』で、単行本4冊(二玄社)にまとめられ、現在はnoteでの有料配信とMotor Magazine誌にて連載している。その他の著作に、『セナと日本人』『レクサスのジレンマ』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『力説自動車』などがある。
田丸 瑞穂|Mizuho Tamaru
フォトグラファー。1965年広島県庄原市生まれ。スタジオでのスチルフォトをメインとして活動。ジュエリーなどの小物から航空機まで撮影対象は幅広い。また、クライミングで培った経験を生かし厳しい環境下でのアウトドア撮影も得意とする。この実体験から生まれたアウトドアで役立つカメラ携帯グッズの製作販売も実施。ライターの金子氏とはTopGear誌(香港版、台湾版)の連載ページを担当撮影をし5シーズン目に入る。