この5年間で筆者をもっとも感動させたプロジェクトのひとつがついに製品化された。茶筒で有名な開化堂とパナソニックによるコラボから生まれた美しいBluetoothスピーカー「響筒(きょうづつ)」だ。この製品には、これからの家電製品のあり方についての大きな示唆が含まれている。

五感で楽しむスピーカー

日本人なら馴染みのある、開花堂のしんちゅうの茶筒。そのピタリとハマった蓋をそっと持ち上げると、ボワンという音。まるでお茶の香りが広がるように音が広がり、茶筒を持った手にはしっかりとその振動が伝わる。

この音を手の触覚で感じる体験がなんとも心地よい。

その後、フタをそっと載せるとすーっと沈んでいって、ピタリとまた元の状態に戻ると、その瞬間に音も鳴りやむ。

Bluetoothスピーカーという21世紀の最新のトレンド製品でありながら、その佇まいとふるまいの美しさからは、えもいわれぬ日本の伝統美を感じる。

真鍮(しんちゅう)製のスピーカーは手で触れるたびに、少しずつ経年変化が起こり、寂びの美しさでも持ち主を楽しませてくれる。

この時代に、なんとも「粋」ではないか。

「響筒」 by Panasonic x 開化堂

次の100年の家電を模索する「KYOTO KADEN LAB」

製品の開発が始まったのは2015年。

当時、創業100周年を控えていたパナソニック社デザイン部門の中川仁氏が次の100年を見据えた「日本らしい家電」とは何だろうと模索する中で、「伝統工芸は日本のものづくりの原点である」という創業者、松下幸之助の言葉を思い出す。

そして京都で歴史ある伝統工芸の家に生まれた若手らが中心になり伝統工芸の新たな価値を発信するプロジェクト「GO ON」と接触。「KYOTO KADEN LAB」というプロジェクトを立ち上げる。

均質な製品の大量生産を前提とした家電のものづくりと、一つひとつを時間をかけて丁寧に手仕事でつくる伝統工芸の世界では、根本からものづくりの姿勢が違う。しかし、この両者が混ざり合うことで、それまでの家電の概念を根底から覆す10の美しいプロトタイプが生まれたのだ。

これらは京都で小規模なお披露目が行われた後、2016年にミラノデザインウィーク(俗称:ミラノサローネ)という世界最大規模のデザインイベントで展示をされると、もっとも優れた展示のひとつとして賞を受賞。その後もパリで開催されたジャポニスム展などを巡回し注目を集め続けた。

ちなみにこのとき、このスピーカーには京都の路地で採取された音が入った状態で展示されていて、これまた何とも素敵だった。

ミラノサローネ2017 パナソニックのインスタレーション ハイライト

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「粋(いき)」こそが心踊る新しい価値を生み出す

家電製品は金型をつくって、樹脂(プラスチックなど)で外形をつくり、その中に電子基板などを収納するというのが、この50年くらいのものづくりの主流だ。(実は20世紀中頃までは多くの家電製品の外装は木の板や板金といった金属の板でできていた)

金型とプラスチックによる製造は、それまでとは違う規模の大量生産を可能にしたが、その一方で製品から色気を奪ってしまった側面もある。

KYOTO KADEN LABのプロジェクトでは、そんな家電に曲げ木や竹細工といった手仕事の伝統工芸の細工で古くて新しい顔を与えた。

この斬新な組み合わせが、世界中の人々の心を震わせたのだ。

もちろん、製造工程に丁寧な手仕事が入っている以上、他の家電と同じような大量生産はできないが、それでも、その価値をわかってくれる人向けの少量生産で、こんな素晴らしい家電が提供されてもいいのではないか──。

そんな周りからの声が、積もりに積もって、ついにプロトタイプのうちの一つ、開化堂の茶筒スピーカー「響筒」が発表された。一個30万円で、100個限定。シリアルナンバーも入ったコレクターズアイテムとしての製品化で、2019年11月8日から発売が開始された。

「響筒」レザーの底面には開発に当たったPanasonicと開化堂、両社の銘が入っている

製品は、京都にある開化堂で販売され、お店で購入後に箱を開けた時に、最大の感動が訪れるように、開化堂のお店の音響条件に最適化されてつくられたという(こんな点からも、これがいかにこれまでの家電とは違う常識でつくられた製品化がわかるだろう)。

価格的にも、内容的にも、この製品がターゲットとしているのは、こうした粋な遊びがわかる人。

似たような製品ばかりが量販店の棚を埋めて価格だけで競い合っているこの時代、一つくらい、個性が際立った製品があってもバチは当たらないだろうと思っていたら、初回出荷分30個の予約枠はすぐに売り切れて、発売数日前から良いシリアル番号を獲得しようと京都入りして待っている顧客もいるのだという。

最近、粋な遊びがわかる客は海外にしかいないと思ったら、日本もまだまだ捨てたものではないようだ。

こうした「粋」がわかる人、「遊び」がわかる人たちこそが、それまでの枠にはまらない素敵な変化を生むのではないかと筆者は思っている。

KYOTO KADEN LABのこれからにも期待

KYOTO KADEN LABでは、すでに第2弾のプロトタイプも発表。その動画も公開している。

Kyoto KADEN Lab. Phase 2 | GO ON x Panasonic Design

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ぜひ、この中から製品化第2弾を生み出して、いずれはほとんど手仕事ながらも、もっと手の届きやすい新しい顔立ちの家電づくりに発展させていってもらえればと思う。

なお先日、「響筒」の発売に先駆けて小規模な製品お披露目会があり、KYOTO KADEN LABの生みの親、中川仁氏や製品化を手掛けた西川佳宏氏、そして開化堂の八木隆裕代表が、製品開発の裏話を披露した。

撮影に失敗して映像の画質は低いが……非常に示唆に富んだ内容に富んでいるので共有したい。

響筒—製品説明

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林 信行 | Nobuyuki “Nobi” Hayashi
ジャーナリスト/コンサルタント。我々の社会や生活を変えるテクノロジーやデザインを模索し発信。ジェームズ・ダイソン財団理事。著書、連載多数。
Twitter:@nobi