ジャッキー・チェンの人気映画シリーズ『ポリス・ストーリー』の新作。SFテイストを織り込んだ野心作?だ。

『ポリス・ストーリー/REBORN』予告編

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意外すぎる“ストーリー”

香港警察のリン(ジャッキー・チェン)は瀕死の娘の手術の立合いを諦めて、ある証人警護の任務に向かうが、謎の襲撃者によって重傷を負ってしまう。
それから13年後、舞台はオーストラリアに移り、物語は急展開を見せる。
生きていた娘、彼女を狙う怪しい影、手越くんを彷彿させるチャラいハッカー、そして娘のために命を張り続ける父親リン。さまざまな思惑が交錯しながら、謎が謎を呼んでいくのである。

本作は『ポリス・ストーリー』の最新作となってはいるが、ヴィランの正体や目的は完全なオーバーテクノロジーに基づくもので、その世界観はまるでターミネーターやスター・ウォーズなどのSF作品の影響を受けまくっていて、観る者を相当に惑わせる。
エンディングにはあの有名なテーマ曲と、ジャッキー映画にはお馴染みのNG集が流れるので、確かに『ポリス・ストーリー』シリーズとして作られたのだと理解できるが、正直まったくの別物として観るべき作品だと思う。

ちなみに、愛する娘を守る父親、というのは昨今のジャッキーの役柄としては定番になっていて、そのアクションとともに(さすがに60歳を超えたいまではかつてのような切れ味や、カラダを張った決死のスタントは見られないが、それでも本作でもさすがジャッキー!と思わせてくれる片鱗はある!)、彼の十八番となっていると言っていいだろう。褒め言葉になってないかもしれないが、偉大なるマンネリは、安定の型であって、名人芸もしくはハマり役として称賛されるべきだと思う。
(型にはまることを恐れたり嫌ったりする役者は多いが=他の役をできなくなると思うのだろうが、何度繰り返し見ても観客を納得させられる役にありつける役者はそうはいないし、結局のところ、強く人々の記憶に残ることになる。例 ハリー・ポッター、007、「相棒」の鑑識官 米沢守、など)

カンフー・アクションではなくジャッキー・アクションを見よう

今後香港映画がどのような変化をしていくのかわからないが、香港映画≒カンフーアクション、という図式が刷り込まれた世代にとっては、ブルース・リー→ジャッキー・チェンへの世代交代(ブルース・リーは早逝したことで世代交代というよりいきなり退場してしまったわけだが)が起きたのちは、世界的に見るとカンフー映画の衰退と同時にアジア系クリエイションの王道の座は 韓国映画に奪われた感がある。
そして格闘技主体のアクション映画としてはムエタイのタイ映画(例えば『マッハ!!!!!!!!』)やシラットのインドネシア映画(例えば『ザ ・レイド』)などの挑戦も受けてきた。

それでも、映画作品としては相対的な地盤沈下に直面しながらも、格闘技の達人的スターとしては、香港系のカンフー・アクションの担い手がその地位を守り続けていると思う(ブルース・リー亡き後 ジャッキーがその座を継承し、さらにジャッキー自身が老いた今では、ドニー・イェンなどがうまく引き継いでいる)。
その衣鉢を守り抜いてきているのはもちろん、それだけのスター性のある役者を生み出してきた香港映画界の土壌の豊かさともいえるが、やはりジャッキー・チェンが長くその座を守り、後進の成長を待つだけの期間と猶予を作り上げてきたからだと言える。
しかも、後進にただ道を開くだけでなく、自らいまだに一線でアクションスターとしての存在感を維持する努力をしていることに強く感銘を覚えざるを得ないのである。

本作は、その出来自体にはかなりツッコミどころが多いのだが、60歳を超えて、名誉も財産も築いたはずのジャッキーが、いまなお一所懸命な姿を我々に見せてくれている、定番のアクションと娘のために頑張る姿(それは後進スターや、我々アジア人もしくは中高年にむけて“がんばれ!”“あきらめるな”とエールを送ってくれる姿でもある)をみせてくれることに、ただただ感謝しながら観るべき作品なのだ。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。