どの世界にもライバルは存在する。互いを意識し、激しくぶつかり合い高め合っていく存在だ。モータースポーツの最高峰F1でも数多くのライバルたちが世界一の称号をかけてバトルを繰り広げてきた。今回はモータースポーツ界の中で語り継がれるニキ・ラウダとジェームス・ハントのライバル関係についてご紹介。2人の戦いと友情の歴史は映画にもなり、世界中の人を魅了することになった。

壊し屋の異名を持つジェームズ・ハント

ラウダのライバルであり友人だったジェームズ・ハントは、冷静沈着でリスクを犯さないラウダとは正反対のドライバーだ。特にキャリア初期の頃は、速いがクラッシュも多く、壊し屋ハントと呼ばれていたほど。

ハントもラウダ同様、裕福な家庭に生まれているが、家族からレース活動を反対されていたため下積み生活は厳しいものだった。

しかしレース好きの貴族、アレクサンダー・ヘルケス卿が立ち上げたヘルケスチームに加入したことが転機となり、1973年にチームと共にF1にステップアップを果たす。

1975年のオランダで初優勝を飾るも、ヘルケスチームが資金難を理由に撤退。翌年1976年にマクラーレンに移籍、この年ハントはフェラーリを駆るラウダと死闘を繰り広げ、日本の富士スピードウェイで行われた最終戦F1世界選手権イン・ジャパンでラウダを逆転し世界チャンピオンに輝いた。

1978年までマクラーレンで戦い、1979年にウルフへ移籍するも戦闘力のないマシンで苦戦を強いられたハントはシーズン途中のモナコでF1を引退。引退後はイギリスBBCのF1中継の解説を務め、歯に衣着せぬ辛口なコメントで放送を盛り上げた。

1993年、自宅で突然の心臓発作により45歳の若さでこの世を去ったハント。優れたドライビングテクニックに加え、今では伝説となったプレイボーイっぷり、挑発的なメッセージが書かれたシャツをきて、タバコを吸いながらインタビューに答える姿は彼を語る上で外せない要素だ。

伝説の1976年シリーズ

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1976年のF1世界選手権は今も語り継がれる伝説のシーズンとなった。この年ディフェンディングチャンピオンとしてシーズンに臨んだニキ・ラウダは開幕戦ブラジルGP、続く第2戦南アフリカGPでも優勝し、連覇に向けてこれ以上ないスタートを切った。

一方、名門マクラーレンに移籍し悲願のワールドチャンピオンを目指すハントは第4戦スペインGPでシーズン初優勝、第8戦フランスGPでも優勝するも、第5戦ベルギーGP、第6戦モナコGP、第9戦イギリスGPも制したラウダがチャンピオン争いにおいて独走。しかし第10戦ドイツGPで状況は一変する。

これ以上負けられないハントがポールポジションを獲得、ラウダは予選でセッティングを外し予選2位となった。

決勝は前日の雨が残り路面は濡れており、さらに雨が降ってきていた。そんな状況の中、「緑の地獄」と呼ばれるニュルブルクリンクの北コース「ノルドシュライフェ」を舞台に第10戦ドイツGPが行われた。レースはハントが2番手につけ、ラウダもスタートで出遅れてしまう。

路面が乾いたため各車ピットに入りドライタイヤに交換しレースは2周目に突入。

高速コーナーのケッセルヒェンでラウダのマシンが挙動を乱し大クラッシュ、マシンは炎に包まれた。他のドライバーの勇気ある救出活動のおかけでラウダはマシンから救出され病院に運ばれたが全身に大やけどを負ってしまう。さらに有毒ガスを吸い込んだことによる肺へのダメージもあり、死の寸前まで追い込まれた。

奇跡の復活をするも……

全身の血液を入れ替え、肺に溜まった膿を取り除くなど壮絶な治療を乗り越えたラウダはなんとわずか6週間でレースに復帰。ラウダが「不死鳥」と呼ばれる所以である。

しかし当然のことながらラウダの怪我は完治しておらず、この年の最終戦、F1世界選手権インジャパンまでチャンピオン争いはもつれ込んだ。

最終戦も決勝は雨。ラウダはライバルのハントに対し3ポイントリードして最終戦に臨んでいた。雨は激しくなり、霧も濃くなる中レースはスタート。

しかしわずか2周目にラウダはピットに戻りレースを棄権。レースは豪雨の中ハントが3位に滑り込み、逆転でワールドチャンピオンに輝いた。チャンピオン目前という中での棄権は大きな議論を呼んだ。

ドライバーが事故で亡くなるのが当たり前、危険に晒されるくらいなら少しでも速いマシンに乗ると誰もが口にする時代に、チャンピオンの称号よりも命を優先した勇気に感動した方も少なくないのではないだろうか。

2人のライバル関係を描いた心揺さぶる人間ドラマ『ラッシュ/プライドと友情』

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2014年、この記憶に残るシーズンが映画で蘇った。映画『ラッシュ/プライドと友情』はハントとラウダのライバル関係を軸に1976年へと進んでいく、実話を基にしたストーリーだ。

何もかも対照的なキャラクターの2人が激しくぶつかり合い、1976年という激動のシーズンに身を投じていくもので、彼らならではの友情を描いている。

ラウダが大クラッシュを喫した場面や、豪雨の中の最終戦は迫力満点で、結末がわかっていても手に汗握る臨場感を味わえる。

今や伝説となっているハントのプレイボーイっぷりやラウダの堅物っぷりが楽しめるのもこの映画の魅力のひとつ。

完璧なストーリーをもった実話だが、脚本や音響、音楽が見事で、主演2人の演技も光る素晴らしい作品になっている。何よりジェームズ・ハントを演じたクリス・ヘムズワースとニキ・ラウダを演じたダニエル・ブリュールが当時のラウダとハントにそっくりなのだ。

特にラウダを演じたブリュールの演技は圧巻。表情や雰囲気、そしてオーストリア出身のラウダのドイツ語訛りまで完璧に再現しており、まさにあの時の「ニキ・ラウダ」だった。

ヘムズワースも甘いマスクで見事にプレーボーイなハントを熱演。明るくてかっこよく、強気で歯に衣着せぬ発言もハントそのものだった。

この映画ではラウダとハントの強烈なライバル意識を見ることができるが、実際はとても仲が良かった2人。

生前ラウダは「ハントがチャンピオンになってくれて嬉しかった。彼が好きだったし常に激しい戦いをしていたからね。他の誰かがチャンピオンになるくらいなら彼にチャンピオンになって欲しかったんだ」と語っている。

映画で描かれている2人の関係は少しライバル意識を強めたものだが、ラウダやハントだけではなく、70年代のF1、ライバル関係の美しさ、そしてモータースポーツの尊さを感じることができる珠玉の作品となっている。こちらもぜひチェックしてみてほしい。

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河村大志|Taishi Kawamura
2輪、4輪問わず幅広くモータースポーツの取材・執筆を行うフリーランスのモータースポーツジャーナリスト兼スポーツライター。F1やMotoGPといった世界最高峰のカテゴリーだけではなく、各国の若手育成プログラムやモータースポーツに関する歴史などを取材し、研究テーマにすることをライフワークにしている。