タイで暮らしていた英国人ボクサーのビリー・ムーアは 覚醒剤所持のため刑務所に送られる。言葉も通じない劣悪な環境で初めは自暴自棄になるビリーだったが、ムエタイを通じて更生していく。

リアルを追求したバイオレンスムービー

本作は2014年に刊行されたビリー・ムーアの自伝『A Prayer Before Dawn: My Nightmare in Thailand's Prisons』を原作とした、実話ベースの作品だ。本物のタイの刑務所を舞台にしており、登場人物も、主要なキャスト以外は皆本物の囚人だという。

撮影方法も、強い没入感を生むためか、基本的に極度な接写を中心にしており、観ている者をその場にいるかのような気分にさせる作りだ。(格闘シーンも同様であり、アクションそのものは技術的に大したことがないとしても荒々しくリアルな暴力を再現することに成功している)

刑務所内で囚人たちがタイ語で喚いても字幕はなく、やはりタイ語を理解しないビリーが持ったであろう強い不安を観客にも共有させる仕組みだ。すし詰めにされた上半身裸の男たち(服は着ていないがほぼ全員全身刺青だらけなので、裸のように見えない)が、およそ清潔感とは無縁の床に布切れ一枚で寝転んでいる姿は、文明国家で腑抜けになった我々からすれば地獄そのもののように見える。ビリーもさぞかし恐れ慄いていたことだろう。

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タイ人の国技ムエタイとの出会いが更生への光となる

前述のように、本作で描かれている刑務所の様子は、とても日本では考えられない人権無視の地獄図で、男が男を襲うレイプや暴力は日常茶飯事、普通の人間ならば1日たりとも正常な精神状態を保つことは難しかろうと思わされる。

そんな中、絶望のあまり自殺をすることさえ考えるビリーだったが、ふとしたきっかけでムエタイ(タイ式ボクシング。簡単に言えばキックボクシングだが、肘打ちや膝蹴りも許される)の選手に選ばれる。
同じ刑務所内ではあるが、ムエタイの選手として、刑務所対抗の試合に出るようになれば、待遇も改善されるし、人としての尊厳も保てるようになる。
ムエタイはタイの国技であり、日本に例えてみれば相撲のようなものだが、太り肉の大男の独断場となりがちな相撲と違い、階級制でもあり体格に応じて活躍の場があるムエタイは、ラテンアメリカの貧困層の少年たちにとってのサッカーのような身近さがある。誰にでも頂点を目指せる可能性を持つ競技であり、徒手空拳でもチャレンジできるハードルの低さがあるので、多くの若者が集まるのである。
(テニスや水泳、体操、スケートなどの競技は選手生命の維持に金がかかるが、ムエタイまたはボクシングやサッカーは、その点参加コストが低いので、多様な人種が集まりやすい競技と言える)

もともとボクサーとして生きてきたビリーは、厳しいトレーニングを経てアスリートとしての闘志も取り戻し、覚醒剤の常用からも脱することができるようになるのだが・・。
日本人にとっては、あしたのジョーを思い起こさせるような展開だが、あくまでリアルスティックかつ淡々とした描き方が続くうえ、力石徹のような強烈なライバルとの出会いもないので、ドラマティックな演出は全く期待できない。
ある程度、事前にどんな映画かを知っておいた方が、とっつきやすいかもしれない。
それくらい、刑務所の情景は恐ろしく息が詰まる描写続きなのである。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。