俺に憧れた小僧の存在なんて知ったこっちゃない。昔の女ことも忘れたさ。今はとにかく、コイツと駆け抜けたいだけなんだ。
オートバイ2020年12月号別冊付録(86巻 第18号)付録「Don't move over yet」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部

相棒は空冷四発のYAMAHA XJR1300

俺はもぎ取るようにして取った休暇に、1人日帰りのツーリングに出た。
5年前に走った峠の向こうにある、一軒のラーメン屋がゴール。別に特段美味いわけでもないが、確かいい道だったという記憶があるその峠を抜けて、腹を満たして戻ってくるというのは、そこそこイケてるルートだと思ったのだ。

俺の相棒は昔と変わらない。2015年モデルのYAMAHA XJR1300。
空冷4スト、1250ccの心臓は100馬力を叩き出す。俺のXJRは多少いじってあるが、足回り中心でエンジンはノーマルのまま。100馬力もありゃあ、速く走るのだって十分だし、そもそも空冷バイクにそれ以上の性能を求めたって意味がない。カフェレーサーライクに仕上げた俺のバイクは、いつだって死ぬほどクールなのだ。

目的地のラーメン屋で見つけたかつての相棒

鮮やかな紅葉には少し早い季節。俺は気分良く峠を抜けて、目的地のラーメン屋に到着した。
店の名前が書かれた暖簾をくぐって店内に入ると、俺より少し若いはずだが昔よりかなり肥えた店主が明るく「いらっしゃい!」と声をかけてきた。

俺はカウンターに座ると、昔と同じ塩ラーメンを注文した。すると、店主が俺の顔をマジマジと見ながら「お客さん、5年前も来たよね、奥さんと一緒だった」と言った。

なんてことだ。求めたわけでもないのに過去が俺を追いかけてきた。冗談じゃない、俺はそんなつもりでここまでやってきたわけじゃあないのだ・・。
俺は「ああ・・・。それがどうしたの?」とだけ言った。

店主は来客が残していった数枚の写真が貼られたボードを指差しながら、言葉を続けた。そこには5年前に俺が残した一枚の写真も飾ってあった。「あんた有名なミュージシャンだってェ⁉︎ この写真見てさ、ずっとあんたがまたくるのを待っていた青年がいたのよ」

俺は、少し色あせた写真に写った自分と、その隣で微笑む女の姿を見つめた。
俺たちと一緒に写っているのは昔のバイク。同じYAMAHA XJRだが、少し古い型のそいつは、いまは誰か他のライダーを乗せて元気に走っているのだろうか。

昔話は必要ない、俺はただ走りたいだけだ

俺は塩ラーメンを平らげると、店を出た。俺があまり会話をしたがらないので、何かを察したのか、店主も俺に必要以上に話しかけてくることはなく、気まずい空気は広がることはなかった。

俺はXJRに跨ると、来た道を引き返した。
緑が残る峠は、5年前と変わらず気持ちの良いワインディングロードが続き、俺は想い出に浸ることなく、ただ駆け抜けた。

過去の俺は今の俺とは関係がない。過去のマシンも、過去の女も、今の俺とはなんの関係もないのだ。俺はただ、今この瞬間を走れればそれでいい。俺の相棒はXJR1300。空冷四発の乾いたサウンドを楽しみながら、俺はただ走り続けた。

楠雅彦 | Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。