長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。孫娘のソノミと急接近中でちと気まずい行きつけの喫茶店 炉煎(ロイ)のマスターから、草レースに誘われるが・・
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第61話「こけつまろびつ」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部『雨はこれから』

炉煎のマスターからレースエントリーを強引に勧められて、断りきれない松ちゃん

ダートレースにエントリーした松ちゃん

年甲斐もなく、とは言いたくない。行きつけのカフェ 炉煎(ロイ)のマスターが最近ハマっているのはダートコースを走る草レース。
自分より遥かに年上のマスターからの誘いじゃあ、年齢を理由に断ることもできない。ましてや私もバイク乗り。挑発されりゃあ、そいつに乗るのがお約束ってものだった。

ダートコースを走るバイクがない、と言えば、自分のバイクとシェアすればいいと返される。結局私はマスターの誘いを断れず、レースにエントリーすることになったのだった。

先行したマスターが転倒!

しかし、その日、恐れていたハプニングは起きた。われわれの手前、いいところを見せようといつもより張り切ってしまったのだろうか、マスターが転倒してしまったのだ。

幸いにして、大きな怪我はなく、骨折することもなかったのだが、マスターは足首を捻ってしまったらしい。傷めた足首は大きく腫れあがったが、マスターは病院にはいかず、私のレースを見届けたいと言う。とりあえず、バケツに氷水を張って傷めた足を冷やしながら、"これが本当の年寄りの冷や水だなあ"と私は胸の内でつぶやいた。

転倒したバイクは走るのに問題はなさそうだったし、転んだ当の本人のマスターも特にしょげた様子はない。
「次は松ちゃんでしょ⁉︎」バイクこわれてなーい?とリナが言った。バイクには特に異常はなさそうだ、私は「うん、平気かな」と答えたが、私自身はそう平気でもなかった。

無謀な勇気が欲しいと最近思うことがよくある私だが、内心マスターの事故に若干ビビっていたのかもしれない。シートに置いた左手が僅かに震えている気がした。

怖いのか?
確かに。
だけど走ってしまえば、損得抜きでこんなに楽しいことがあるか、と思うかもしれない。そんな期待への武者振るいなんだ、私は内心の動揺を隠して無表情を装っていた。

先行したマスターが転倒・・・。もしかして俺も転んだりして怪我をしてしまうかも??

怪我をしたら元も子もない、やめといたほうがいいかな??

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。