長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。本気か時間潰しなのか周囲からは判別し難いが、漫画家を目指して執筆を続けているものの、成果を出せる見込みもなく??
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第62話「暗黒の炎熱」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部『雨はこれから』

歓迎せぬ訪問者が続いた朝

最近私は畑仕事に精を出していた。
漫画の方は相変わらずうまくいかない。そのストレスの捌け口というわけでもないのだろうが、自給自足がはかれればなおよしということもあって、芋やらナスやら、素人でも収穫が期待できそうな野菜を植えた私は、それなりの情熱を傾けて育てていたのだ。

ところが、その畑を無惨に掘り返した奴がいる。そこいらじゅうに残された足跡から察するに、どうやら野生の猪らしい。

畑を荒らしたのが人間ならば、怒りの向けようがあるが、獣相手に憤懣をぶつけても仕方ない。私はなにか対策をしなくてはと、思案しながら立ち上がった。すると、そんな私に遠くから声をかけてくる者がいる。
「あのーっ、松永さんですか?」と言いながら近づいてきたのは2人の中年男だった。

知り合いの逮捕のニュースを聞いても動揺しない松ちゃん

この方ご存知ですか?、と2人組の年上のほうの男が写真を差し出した。
2人は警察官とのことで、捜査の一環として私を訪ねてきたという。

写真には明らかに人相悪げな男の、不機嫌そうな顔が写っていた。その顔には見覚えがあったが、そんな悪そうな顔写真を持ってくることに、刑事の心理的誘導の意地悪さを感じた私は「用心棒かな?」ととぼけてみせた。

ははっ、キクマの副社長ですョ、と年嵩の刑事が笑いながら言った。

キクマとは、私の不機嫌を顧みずにちょいちょい顔を出すようになった菊間が会長を務めている芸能プロダクションだ。独立したい所属タレントを誘拐監禁した疑いで逮捕されたという。菊間からは、数ヶ月前に逃走したタレントを探して欲しいという、探偵まがいの依頼をされたが、関わらなくてよかった、と私は思った。いや、刑事がここに聞き込みに来ている時点で巻き込まれていると言ってもいいかもしれない、そう思うと昔から何かと人に迷惑をかけるやつだったという記憶が蘇ってきた。

どちらにしても、私には関係がない。
刑事が写真を見せてきた副社長とやらも、顔を知っている程度で話をしたことすらないかもしれない。逃亡しているらしいが、彼の行方など知らないし、私を頼ってくるわけもなかった。警察ももちろん私の関与を疑っているわけではなかったので、何も知らないという私の説明をひとしきり聞くと、穏やかな態度のまま帰っていった。

暗闇を徘徊する悲痛な獣

刑事たちが帰っていったあと、私は独り考え込んでいた。
菊間が逮捕されようが実刑を喰らおうが私の知ったことじゃない。しかし、私の人生に何か関わりがあることが他にあるか?と思えば特にない。
それが私を、いまになって若干不安にさせていたのだ。

やりたい事をやるというのも不安なものだ。テレビ局を辞めた事ばかりではないだろう、世の中と接している気がしない。まるで自分を置き去りにしているようだ。

冗談じゃない。私は独り憤慨した。
冗談じゃない、追いやられてたまるものか。

こういう時は、バイクだ。ひとっ走りして来よう、と私は思った。ただ都心の明かりを求めて無心に走る。もやもやした想いを後方に投げ捨てて、風を切って走ればいい。
私は愛車を引っ張り出して、外に出た。

街へいこう。
心に忍び寄る闇を裂くように、SRのヘッドライトが光る。山道を抜けて私は街に向かった。バイクの光を飲み込む明るい都会の夜が今の私には必要だ。

その時、私は前方を走る黒い影を見つけた。
猪だ。

独り駆ける猪を追い越した瞬間、私は思った。こいつは私だ。
暗闇を徘徊する悲痛な獣、それは私の姿だった。

走れ、猪よ。
そうさ、追いやられてなるものか。自由に生きてやる、走り抜けてやるのさ。
暗闇の中でも、一際輝く、そんな存在になってやろうじゃないか。

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。