著名小説家にして大富豪の老人が急死。自殺か他殺かを巡って警察と探偵が捜査を開始する中、遺族たちは相続の行方を巡って醜い争いをする、ミステリードラマ。
事件の鍵を握る 老人の専属看護士にアナ・デ・アルマス、真相を追う名探偵ブノワに007シリーズで知られるダニエル・クレイグ。さらに、キャプテン・アメリカ役で大ブレイクしたクリス・エヴァンスや、往年の名俳優ドン・ジョンソンらが脇を固めている。

『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』1.31(金)公開/紳士探偵ブノワが冴える!本編映像

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誰もが嘘をついているが、隠された殺意と呼べるほどには深刻ではない。謎めいてはいるが、他殺を思わせるような動機も見えない。

数千万ドルの遺産を巡る、家長の老人の不審死と遺族の苛立ち。その中で真相を明かそうと懸命に捜査を続けるのが、名探偵の誉高いブノワ・ブランだが、南部訛りが強く、鋭さよりは朴訥さが目立つこの探偵を演じるのは、ブノワとは正反対の洗練された英国のダンディズムの権化であろう6代目ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグ。いつもの色気と陰を隠して、その鋭い推理力を感じさせない実直そうな雰囲気を漂わせている。

物語は、著名小説家にして大富豪である1人の老人が自殺とも他殺とも取れる謎の死を遂げることから始まる。警察も遺族も、彼の死を自殺と考えるが、正体不明のクライアントから捜査を依頼されたという実績十分の名探偵ブノワは他殺の可能性も捨てきれず、現場の検証に余念がない。そして、老人が相続人を指定した遺言状が公開されることによって、事態は大きく動くことになる....。

本作は、これといったアクションもないし、次から次へと殺人が起きるような派手な展開もない。ハードボイルドなムードもなく、謎が謎を呼ぶアガサ・クリスティーばりの論理的なトリックの連鎖があるわけでもない。最初から犯人がわかっていて、犯人が必死に施したカラクリを名探偵が解き明かしていくというストーリーは、刑事コロンボや古畑任三郎シリーズの常套手段だが、本作はブノワにそこまで強いキャラを与えているわけでもなく、また物語に置かれた焦点も犯人対探偵の頭脳戦ということでもない。

本作のストーリーは、ただただシンプルで分かりやすく、真相へとたどり着くまでの流れは、余計な装飾もひねくられた導線もない、正攻法の納得感がある。不気味な怪人も謎の怪盗も出てこない、性格破綻した人物はいるが、それも常軌を逸しているというほどでもない。少しばかり破綻した日常に慌てる人々がいるだけだ。(実際、本作には美男も美女も出てこない。いや、演じている俳優たちはもちろん美形だが、作中でその優れた容姿に触れられることはないし、むしろ無視され続けているのも、本作の特徴と言えるだろう)

そんな“普通”な設定が為された本作だが、では退屈か?というとそんなことはない。真相の鍵を握ると思われる、老人の専属看護士を演じるアナ・デ・アルマスも(先述したように、その可憐な容貌に誰かがコメントするようなシーンはゼロだが)不安に怯える若い移民女性を巧みに演じて好感が持てるし、彼女が抱えた秘密の存在を感じとりながらも、あくまで鋭い舌鋒を振るうことなく、ゆったりとしたペースを貫くブノワ役のダニエル・クレイグもいい味を出している。
そして、ひどく単純に思えた筋書きを最後の最後で上等なミステリー作品の味わいに仕上げていく脚本もいい。

結果として、本作は、凝った作りや小洒落た創意工夫で勝負するのではなく、簡素な仕立てながら味そのもので勝負する、昔ながらの本格フレンチのような作品になっている。
小さな劇場で本作のような映画に出会えたら、思いがけぬ幸福感に包まれることだろうと思う。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。