幻のようないいオンナが現れた理由とは?
オートバイ2021年2月号別冊付録(87巻 第3号)付録「That's right Ma.」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部
古いカワサキでやってきた謎の女
俺はシンジ。まあ、どこにでもいるバイク乗りなんだけど、最近ちょいとバトルでコケちまって、愛車は長期入院中さ。あ、俺?俺は平気、ラジエーターに穴があいちまって新品のスクリーンも割れちまったけど、俺は元気。なんてことないんだ。
その日も俺は、バイク乗りが集まるカフェでだべっていたんだ。昔は俺みたく速いバイク乗りだったというママは、そんな過去があったなんて誰も想像できないほど肥えて、場末のスナックの女みたいな派手なメイクでカウンターで仕事している。まあ色気もへったくれもないけどさ、俺としちゃあこの店のだるい雰囲気が気に入って毎晩のように入り浸っていたわけよ。
そこにあの娘がやってきたんだ。オレンジ色の、古いカワサキで、その女がふらりと現れたのは、2月なのになま暖かい西風の吹く、満月の次の夜だった。
オンナのバイクはマッハ(カワサキ 500SSマッハIII)だった。1969年に販売開始されたこのバイクは2ストローク3気筒エンジンを積む。いまじゃあ絶対に見られないだろう、右側に2本、左側に1本の3本マフラーによる独特のリアビューを持つこいつは、曲がらない止まらないまっすぐ走らないと酷評を受けたものの、誰よりも速く走りたいバイク乗りたちには羨望のまとだったと聞く。令和に生きる俺たちからすりゃあ、遠い昔に滅んだはずのティラノサウルスを見るような気分だったわけよ。
ミステリアスな女に一目惚れ
乗ってきたバイクがイカしていれば、乗り手のオンナもまたとびきりだった。ピンクのド派手な頭に、キツめのメイク。タイトなライダースに包まれた細身のカラダもめちゃくちゃ魅力的だったし、なによりなんとも寡黙でミステリアスな雰囲気は、生まれて初めてみる、本物のクールさ。
そう、それは一目惚れというやつだった。
ねえ、と俺はすぐに声をかけた。
「名前教えろヨ!俺はシンジ」
「マッハ。マックスリー」オンナはニコリともせずにそう答えた。
「バイクじゃねーよ」と俺は不満げに言ったが、女の その素っ気ない態度もきらいじゃなかった。
「だからァ」女はようやく俺を見ながら少しだけその冷たい表情を崩した。「マキ!」
「ここらへんのコじゃないね。学生さん?」と、カウンターの中のママが口を開いた。
すると、マキはママの方をまっすぐみて「いえ」と短く答えた。
ママと会話したマキは静かに店を出ていった
「昔はアタシもバイク乗ってたのョ」とママが言った。「もう乗れないけどね」
いつの話だよ、と俺は声を出さずに毒づいた。邪魔すんじゃねえよ。
「今は乗っていないの?」マキはママのそんな言葉に案外まともに反応した。
30年前のハナシよ、と自嘲げに話すママの言葉を聞くと、マキは飲み物の代金を払って店を出ていった。
連絡先も聞けてない俺だったが、マキの不思議な様子になぜか魅入られたまま、彼女が去っていくのをただ見送った。またすぐに会える、と直感していたせいかもしれない。
果たして、マキは翌日の夜も姿を見せた・・・。そして、その理由は俺がとても思いつかなかった、過去の因縁だった・・・それは....
古いマッハを駆る女。いったい何者なんだろう。でも興味あるなぁ
ふいに現れたいいオンナ、あなたなら黙って帰しちゃう??
楠雅彦 | Masahiko Kusunoki
車と女性と映画が好きなフリーランサー。
Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。