オートバイ2021年4月号別冊付録(第87巻第6号)「Luff the helm」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部
恋人同士で出かける、楽しいキャンプツーリングのはずだった
なんだよ、ソレ?
とユウ君は言った。
見ればわかるでしょ、ダックスよ。かわいいでしょ、私のバイク。
そんなんじゃ荷物も詰めないし、高速も乗れないだろうがっとユウ君は声を荒げる。なに考えてんだ?て言うけどさ、だってカワイイんだもの。
キャンプに行くならレジャーバイクでしょ。原付でなにが悪いのよ、と私は思った。
短気を起こして一方的に別れを告げる男に呆気にとられて
キャンプ場に着く頃には日が暮れかけていた。そりゃ高速乗れないし、原チャリは制限速度が30キロだから余計に時間がかかったのは事実だわよ。でもそんなにむくれることないじゃない、キャンプは楽しみだったけど、基本はツーリングデートてことが大事でしょ?
確かに着いたのは予定よりだいぶ遅くなったけれど、テント張るのに時間がかかるのは私のせいなわけじゃない。ユウ君が要領悪いってことでもあるでしょ、そう思わない?
私、ほんとお腹空いちゃって先に食事にしようかと言ったんだけど、ユウ君は「先にテントだョ」と聞く耳もたない。
ちょっとうんざりしてきて「これ新品でしょ、説明書とかないのォ?」と聞いたら、ユウ君突然キレちゃって「もうやってらんネ、俺帰るわ‼︎」なんて怒鳴る始末。
えっ?
私はどういうことかわかんなくなって呆気にとられたまま立ちすくんじゃった。
そしたら、ユウ君、「オマエといるとイラつくわ!これでお別れです!」なんて捨てゼリフを吐いてバイクにまたがると、ほんとに1人でキャンプ場から出ていっちゃったの。
こんなひどいことってある??
1人残された私に声をかけてきたのは・・・
テントも張れてない。食事の用意もない。
残されたダックスと私は、いったいどうしたらいいの??
途方にくれて、身動きできなくなった私だったが、突然小さな明かりが後ろから照らされた。
大丈夫ですか?
光が照らしてくる方向から男の声がした。仰天した私が振り返ると、そこには眼鏡をかけた中年の男性がどこかすまなそうな表情で突っ立っていた。私を照らしているのは彼が頭にくくりつけているライトの光なのだった。
どっから来たの?
突然声をかけてきた男の存在にパニックになった私は喘ぐように声を絞り出した。
すると男は、ヘッドセットの懐中電灯を横にずらして、すぐそばに張られた小さいテントを照らし出した。テントの横には走り込まれている風の自転車が停められていた。
ずっといますよ、と男は言った。「真っ暗でわかりませんでしたかぁ?」
お腹空いていた彼女は、声をかけてきてくれた男の手を借りてテントを張り、なんとか夕飯にこぎつけられた。
こんな暗い場所に女を置いて立ち去るバイク乗りより、キャンプ慣れした自転車乗りのおじさんはよほど頼りになる。
ま、新しい路に舵を切った、てことで。
楠 雅彦|Masahiko Kusunoki
車と女性と映画が好きなフリーランサー。
Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢(けっこうガチになってきている今日この頃)