相棒はYAMAHAのTRACER。朝早くからバイクで出かけてきた男は逸る心を抑えながら信号待ちをしていた。彼の目的地とは?彼の目的とはなんなのだろうか?
オートバイ2021年6月号別冊付録(第87巻第9号)「The tense up」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部

逸る心を抑えつつ信号待ち

夜明け前に家を出てから2時間走りつづけた。そして人影もクルマもいない信号で待っている。

側から見れば、単に1人ツーリングに出たライダーとしか見えないだろう。私の心の中の熱い興奮の存在に気づく者はいまい。

しかし、私はこの2時間、必死に自分を抑えてきた。一刻も早く目的地につきたくて、スロットルを握る右手が緩みがちになるのをどうにか抑えてきたのだ。
急いで走って、事故ったりしたら元も子もないし、白バイあたりに停められても興が削がれるし、その分余計に時間を取られるのはたまらない。

静かに安全に、確実に目的地に着けばいい。それだけだ。

リキんでいるのか?自分を抑えるのに必死な男

リキんでいるのか?年甲斐もない。
およそ希望にみちた若者か。

逸る自分に自嘲気につぶやいてみるものの、確かに私は力んでいた。それだけの理由はある。しかし、その衝動に身を任せるほど私は若くはなかった。

力まなきゃならない時もある??

そうは言いながらも、私の自制心はだいぶ心細いものだった。
しかも、目的地に近づくにつれ、右手を鎮めようとする自制はどんどん緩んでくる。徐々にTRACERのスピードは上がってきていた。

力まないといけない時もある。私はそんなこれまでとは真反対の言い訳を自分にし始めていた・・・。

目的地に着いた男が見たものは?

あ、あれ??

そろそろ目的地に到着するかなと思いながら山道を走らせていた私は、眼下に広がる光景に目を疑った。

ダム?

整備された山道から見えたものは、開発を終えて稼働を始めてから何年か経ったと思われるダムだった。と、いうことは、私が向かっている目的地あたりは、下手をすると水没している可能性があるということだった。

ウソだろォ

私はモチベーションを根こそぎ奪われて、呆然と立ち尽くした。

私が朝早くからバイクを走らせてきた理由、わかりますか?

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢(けっこうガチになってきている今日この頃)