日本からクルマを運転してユーラシア大陸を横断したい。そんな思いから始まった横断紀行も、いよいよ最西端の地に到着。そこは、ポルトガルの首都リスボンからほど近い「ロカ岬」。ロシアのウラジオストクへ上陸した時に63773kmを刻んでいたカルディナのオドメーターはその時、76983kmを示していた。
文:金子浩久/写真:田丸瑞穂
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。

そしてポルトガルへ
ヨーロッパの終わる地

翌朝は、フェリペ4世ホテルの朝食で本場物のスペイン風オムレツを食し、出発。今日も天気が良く、晴れ渡っている。高速道路と一般国道を南西へ向かう。スペインとポルトガルの国境を越え、オリーブ畑の中を貫くIP2をリスボンに向かって走っていく。

「アレッ、例の咳込みがなくなりましたよ。ほら、ネッーー。」

田丸さんが、試しに3100回転前後をキープしてスロットルペダルを踏んだり、抜いたりしている。

「リューベックから5回満タンを繰り返していますから、完全にロシアのガソリンが抜けたんでしょう」

ロシアでは92か93オクタンのレギュラーガソリンを入れていたが、ドイツからは95のスーパーに代えている。ヨーロッパでは、92や93オクタンがないのだ。オクタン価の違いなのか。それとも、ガソリンの質なのだろうか。僕らのロカ岬到着を祝ってカルディナも調子を取り戻してくれたのならいいのだが……。

リスボンへは高速道路のA1で入り、途中で新しくできた“外環状線”に移り、中心部には入らず、カスカイス方面に向かう。

カスカイスからは細い一般道を行く。ユーラシア大陸最西端の地、ロカ岬には、前年に仕事で訪れているので道は憶えている。

変則的なT字路で標識を見落としたことを思い出し、間違えずに行けた。見覚えのあるロカ岬に着くと、その時よりも旅行者の数が多い。

雲も出ているが晴れていて、断崖絶壁がよく見える。ここまでユーラシア大陸を走り続けてきて、スパッと陸地を切り落としたようにして、いきなり大西洋が始まっている。

「ここでヨーロッパの地が終わり、海が始まる」といったカモンエスの詩の一節が記された石碑が建っていて、いろんな国から来た旅行者が写真を撮ったり、ビデオを回している。“ヨーロッパの地が終わり”というのはヨーロッパの人々の感覚なのだろうが、僕らにしてみれば、そのヨーロッパはアジアとつながっていることを書き忘れているじゃないかと半畳のひとつも入れたくなってくる。“ロシア極東より続いてきた陸地が、ここで終わる”と新しいプレートでも作って張り付けたい気分だな、と田丸さんと冗談を言い合う。

カルディナに大西洋を見せてやりたいが、手前の駐車場までしかクルマは来ることができない。絶壁の傍らからカルディナを振り返ると、ヨーロッパナンバーのフィエスタやゴルフ、メガーヌなどに混じった練馬ナンバーに全然違和感がない。薄い雲越しの太陽が、大西洋に道を描くようにして海を照らしている。白く反射して見える帯のずっと先は、アメリカだ。

約1カ月間、途中でカルディナを列車やフェリーに乗せはしたが、東京の自宅から運転してここまで来ることができた。幸いにして、致命的なダメージを被ることもなく、カルディナとともに走り切れたことに感謝したい。いろいろな道を走り、いろいろな街を通り過ぎて、いろいろな人に会った。

瞬時には思い出せないほどとても長い旅だったが、長さは感じていない。ユーラシア大陸横断を終えて大きな感慨に浸ることになるはずだが、僕らはこのあとロンドンまでカルディナを運転していかなければならないから、正直なところ、その余裕がない。まだ旅は続くのだ。潮風が心地よい。
(続く)

金子 浩久 | Hirohisa Kaneko
自動車ライター。1961年東京生まれ。このユーラシア横断紀行のような、海外自動車旅行を世界各地で行ってきている。初期の紀行文は『地球自動車旅行』(東京書籍)に収められており、以降は主なものを自身のホームページに採録。もうひとつのライフワークは『10年10万kmストーリー』で、単行本4冊(二玄社)にまとめられ、現在はnoteでの有料配信とMotor Magazine誌にて連載している。その他の著作に、『セナと日本人』『レクサスのジレンマ』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『力説自動車』などがある。

田丸 瑞穂|Mizuho Tamaru
フォトグラファー。1965年広島県庄原市生まれ。スタジオでのスチルフォトをメインとして活動。ジュエリーなどの小物から航空機まで撮影対象は幅広い。また、クライミングで培った経験を生かし厳しい環境下でのアウトドア撮影も得意とする。この実体験から生まれたアウトドアで役立つカメラ携帯グッズの製作販売も実施。ライターの金子氏とはTopGear誌(香港版、台湾版)の連載ページを担当撮影をし6シーズン目に入る。

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