他の人間より、0.001秒早く情報をゲットすれば年間500億円の利益を叩き出せる!一攫千金を目指した野心家たちの艱難辛苦を描いた、実話ベースのビジネスサスペンス。『ソーシャル・ネットワーク』でFacebook 創始者マーク・ザッカーバーグを演じてブレイクしたジェシー・アイゼンバーグの、ストーリーとシンクロしたような早口演技も見もの。

映画 『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』 公式予告

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まるで2人のスティーヴのようなビジネスストーリー

金融トレーディングにおいては、無数に発生する取引を成立させるためには、売り買いの注文をどれだけ迅速に届け、捌けるかのスピードを支える技術が重要だ。そのスピードはコンマ何秒というレベルではない、ミリセカンド。つまり0.001秒の世界だ。

主人公のヴィンセント(ジェシー・アイゼンバーグ)は、天才エンジニアである従兄のアントン(アレクサンダー・スカルスガルド)とともに起業し、カンザスのデータセンターとニューヨークの証券取引所(NYSE)の間(距離にして1600km)を直線で結ぶ光ファイバーケーブル敷設プロジェクトを実行しようとする。このプロジェクトが成功すれば、世界最高速の通信速度をモノにできる。そしてそれは、金額にして年間5億ドルもの利益に相当する。
ヴィンセントとアントンは、予期せぬトラブルや、競合企業からの嫌がらせを受けながらも、プロジェクトを推進するが・・・。

複雑化し人間の手を離れ高度なテクノロジーによって支えられるようになった金融取引の中で、恐ろしくシンプルだが荒唐無稽なアイデアで一攫千金を狙った男たちの挑戦を描いた、事実を基に作られた異色作。

およそ実現不可能のように思えるプロジェクトに挑むヴィンセントは マシンガントークで対する相手の心を掴むビジネスパーソン、従兄のアントンは陰キャそのもののコミュ障ながらプログラミングの天才と、まるで創成期のAppleの、スティーヴ・ジョブズとスティーヴ・ウォズニアックのコンビを思い起こさせる。

世界一のスピードを実現したい!
ビジネスの天才とプログラミングの天才のマリアージュ

金融に限らず、現代の多くの市場取引は高度なテクノロジーとアルゴリズムによって成立している。複雑化した膨大な数のトランザクションはもはやとても人力で捌けるモノではない。例えばインターネット広告も同じように回線の速度や取引の成立にかかる、いわゆるアドテク(アドバタイジングテクノロジーの略。ちなみに金融に関わるテクノロジーはフィナンシャルテクノロジーを略してフィンテックと呼ぶ)によってまかなわれている。

要するに、どんなに複雑なトランザクションであっても時間をかければ必ず正確に処理できるし、どんなに難解な問題であっても時間をかければ必ず正答に導かれる。

逆に言えば、時間をかけたくなければスピードが速ければいい。現代のテクノロジーの根幹は恐ろしくシンプルであり、速さこそが正義なのである。

他者よりもほんの僅かでもいい、早く正解に辿り着くことができれば、他者を出し抜ける。ヴィンセントたちは、この真理に基づき、情報を伝達させるケーブルを湾曲させたり中継させたりしてエネルギーをロスする≒速度を落とす リスクを避け、限りなく直線に近く設置すれば、最高速にたどり着けると確信し、実行に移す。
ハミングバード、つまりハチドリが1秒間に数十回も羽ばたけるそのスピードに準えてハミングバード・プロジェクトと名付けられた、1600kmもの直線ケーブル設置工事は、金融取引情報の伝達速度の向上プロジェクトに他ならない。

1万を超える土地権利者との交渉をこなしながらケーブルを敷設していくヴィンセントと、ケーブルに情報を伝達させていくためのプログラムを組んでいくアントン。その姿は、まさに草創期のAppleの創業者コンビ(ジョブズとウォズニアック)のようである。

直線にケーブルを敷く。その先に何があるかは関係ない、やりたいからやる

本作は、新たなビジネスチャンスに邁進する2人の姿を 疾走感豊かなグルーヴで描き、後半は様々な障害に打ち当たり、速度を落とさざるを得ないながら、必死に立ち向かう2人を描く。
ハッピーエンドといくかどうかは、ネタバレを避ける以上本作を観ていただく他ないが、2人が結局金のために起業し必死に働いたわけではないことがわかる、死ぬほど働き社会に歯向かう若者のモチベーションとは何かを見せられるロックな作品だとは言っておこう。

分別がついて、勝ちゲームしか興味がなくなった“大人”ではなく、勝負することに意味がある、やりたいことをやる、というシンプルで潔い若者の気分を理解できるならば、本作はとても面白く 見れば必ず奮起させられるはずだ。

大人と言えば、手持ちの賭け金がない主人公のヴィンセントは、既にあり得ないくらいの成功を収めている初老の実業家に 資金援助を求める。(実業家は既に大金持ちだけど、儲け話にはより敏感になっている?)

要は自分のプロジェクトへの投資を求めるわけだが、そんなヴィンセントに「プロジェクトを タイムマシンで未来に行って確認した当たり宝くじを買うような安心を欲しがるのか?」と皮肉られた実業家はいやいやそこまで保証しろと言っているわけではない、と穏やかに否定する。ただ、君(の荒唐無稽の試み)を私が信じられる根拠はあるのかね?と問うのである。

ヴィンセントはこの実業家からの問いに対して(作り話なのか本当の話なのかはわからないし、彼をケムに撒く意図はなかったと思うが)配管工をしていた父親の下で働いたときの経験を話す。50kgはあろうかと思われる巨大なパイプを扱ったとき、彼はそのパイプで頭を強かに打ち、昏倒するのだが、そのときにある啓示を受けたのだと。
とにかく直線(LINE)だ、直線(LINE)を手にするチャンスに巡り合ったら死んでも離すなと教えられたのだ、とヴィンセントは話した。

そして彼はさらにこう付け加える。それは蛇足であり、老実業家を口説き落とすためにならば、必要のない、いや、むしろいうべきでない言葉だったが、ヴィンセントは「いま 直線にこだわるべきプロジェクトにたどり着いた。だから自分はこれに賭けたい。ただ、その(直線の)先に何があるかは、自分でもわからない」と。

実業家は、ヴィンセントの話を実話とは受け止めなかったようだが、結局は投資に同意する。
金はいくらあってもいい、増やすチャンスがあるならとことん増やしたい、と願う大人と、金は欲しいが金のためにやるんじゃない、なんのため?と問われれば答えに窮するがとにかくやりたいからやる、と思う若者の気分が一致した瞬間である。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。