元GMの副社長が独立して創業
ジョン・デロリアンはGM(ゼネラルモーターズ)の副社長まで昇り詰めた天才カーエンジニア。ポンティアックGTOなどの設計を通じ、カーマニアに間では知らぬ者はいないほどの有名人だった。
本作の主人公であるジム・ホフマンは、このジョン・デロリアンと偶然出会い、親交を深めることになる、FBIの情報屋だ。
コカインの運び屋の罪を問われて逮捕されたジムは、司法取引に応じてFBIの情報屋となり、カリフォルニアの高級住宅地に居を構え、ジョン・デロリアンの隣人となる。この出会い自体は偶然だったが、GMを辞して自身の名を冠した自動車会社(DMC)を起したものの資金繰りに窮するようになるデロリアンがジムに高額の麻薬取引の仲立ちをするよう依願したことで、状況が一変するという話だ。
実際のデロリアンも、英国に工場を設立するも資金難に陥り、しかもジョンに不正会計や麻薬所持疑惑などがかけられて倒産する。
本作は実際のDMCの顛末をもとに創作された、フィクションであるが、理想の車づくりに執念を燃やすデロリアンの姿には、起業家ならずとも心震わされるはずだ。
タイムマシンのベース車となっても存在感を失わない未来的な車
ジョン・デロリアンを知らなくても、デロリアンというクルマは知っている。往年のSF名画の「バック・トゥー・ザ・フューチャー」(1985年公開)そのものを記憶していなくても、ガルウイングを持つ、走るタイムマシンの姿には見覚えがある人が多いだろう。
ただ、あのクルマが実在した、本物のクルマだということは案外知らなかった人がいるかもしれない。
SF映画の、創造上の道具のベースに使われるほど先進的なデザインを持つDMC-12(デロリアン)は、ガルウイング(と聞くとすぐにカウンタックを思い出す人が多いかもだが、あれはガルウイングではなくシザーウィング)と銀色に輝くステンレススティールのボディを持つ、確かに未来的なクルマだった。
このDMC-12は、1981年-1982年の2年間で約9000台が生産された2ドアクーペで、座席後部に2,849cc V6エンジンを置くRR(リアエンジン・リアドライブ)方式。全体設計はロータス、車体デザインはイタルデザイン・ジウジアーロが担当したことで知られている。
派手好きで洒脱なジョン・デロリアン
車業界の有名人であっても今日の日本あるいは世界で、デロリアンを覚えている人は相当に少ないだろうと思われる。
GMを辞めて、自分の理想のクルマを作ろうとした反逆児は、結局失敗し、歴史の波に呑まれ消え去っていった。
ある意味、Appleを追われて野に下り、NEXTという新しいコンピュータメーカーを立ち上げた頃のスティーヴ・ジョブズに成り立ちが似ているが、経営難にさらされたNEXTとジョブズがAppleに舞い戻り、iMacや iPhoneなどのウルトラヒットをモノにするジョブズと違って、デロリアンはDMCを倒産させ、そしてそのダメージを挽回することができなかったという違いがある。
革新者を受け入れる土壌の有無が、自動車業界とコンピュータ業界とで差異があった、とも言えるかもだし、革命的な異端者による衝撃が必要なほどGMは追い詰められていなかったとも言えるかもしれない。いずれにしても、Appleに戻ることができたジョブズは伝説となり、DMCと共に歴史に消えたデロリアンはカルト的なヒーローになった。両者を分けたのは、最終的な成功の有無であり、世間というものは常に成功者のみを称えるものである。
ただ、パーティ好きであったり、基本的に唯我独尊で目立ちたがりな性向は両者に共通するところであり、ある意味 成功する起業家に共通する特長(悪癖とも言えるが)をデロリアンも持っていた、と言えるかもしれない。
少年時代に抱いた夢と情熱を実現する
栄光の座から徐々に堕ちていく天才デロリアンが、クルマ業界で生きていくきっかけとなったエピソードがある。
(あとから本人の口から、このエピソードは真っ赤な嘘だと明かされるが)少年時代に、父親が買ってきたクルマを分解した。コレを組み直してもとに戻すことができたら自分のものにしていいと言われたデロリアン少年は三日三晩寝ずに取り組み、もとに戻すことに成功したという。
同じくらいの情熱をもって作り上げたのがDMC-12だと、ジョン・デロリアンは言っているわけだ。
実際のデロリアンがどうだったのかは知らないが、本作の彼は理想のクルマ作りに情熱を傾けるひたむきさはあるものの、ライフスタイルはプレイボーイで派手好きなショーマンである。無骨で理想に殉じる技術者というよりは、マーケティングやプロモーションに長けた広告屋のように見える(それが悪いわけではないが)。
しかし、彼がどのように振る舞おうと、安定した地位を捨て、理想のプロダクトを生み出そうとしたことには間違いがなく、金ではない何かにこだわって生きようとした1人の人間であることは確かだ。
日頃の振る舞いや事業の成否をもって彼を責めることは簡単だが、少年時代からの夢の実現を目指した純粋さは認め賞賛すべきではないか。そう思う。
主人公のジムは、結果としてデロリアンをハメる。ハメるのだが、最終的に非情になりきれず、デロリアンに対する友情というか尊敬心を捨てきれない。当然のことだと僕は思うのである。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。