2005年4月10日。南フランスでの仕事を終えた金子氏は、一人でロンドンへと向かった。その目的は、1年半ぶりの再会にある。東京を出発してユーラシア大陸を横断、ロンドンまでともに走り抜いたカルディナが、まだそこにあったからだ。
文:金子浩久/写真:田丸瑞穂(道中ショット)、永元秀和(藤原氏と同氏のオフィスショット)
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。

イギリスでの再登録は費用の面で難しかった

18カ月ぶりに会った功三さんは奥さんともども以前と変わらず元気だったが、オフィスの前の駐車場と隣の様子が一変していた。駐車場には、売り物の中古車が一杯だ。

「これ全部、オートのクルマ」

イギリスに限らず、ヨーロッパではトランスミッションは高級車以外はマニュアルが圧倒的に多いというのが僕らの了解だったが、最近のイギリスではオートマチックが急速に普及し始めてきているのだという。

「オートは燃費が悪いって、ずっと思われてきたんだけど、最近のクルマはそれほどでもないことがようやく知れ渡ってきたんです」

隣の敷地はリムジンサービスの会社で、ロールスロイスやリンカーンのストレッチリムジンが停まっていた。だが、今は大型トラックばかりだ。中古トラック販売業者が引っ越してきたのだ。この業者が、カルディナに新しい展開をもたらすことになるのだが、まずはカルディナがナンバーを取得できないことからお伝えしたい。理由は、底が大きく凹んでいるガソリンタンクだという。

「イギリスでは、製造から10年未満のクルマは“SVA”という検査に通らないと、ナンバーを取得できないんです。カルディナは大きく凹んだガソリンタンクを取り替えないと、これに通らないことがわかったんですよ」

SVAというのは、Single Vehicle Approvalの頭文字を取ったもので、安全運転基準検査だ。中古で並行もしくは個人輸入されたクルマを登録するには、必ずパスしなければならない。

「タンクの安全性の他にも、様々な項目がチェックされます。ガソリン車の場合、無鉛ガソリン用の細いノズルへの対応、スピードメーターのマイル表示、サイドマーカーの装着なんかもチェック対象です」

我がカルディナは、シベリアの極悪路の岩で激しくヒットした凹みを問題視された。

ロシアを走行していた時のワンシーン。ニジニ・ノブゴロドの東にあったカザンという街を過ぎた所で、川を渡るためにフェリーへ乗船した。モスクワまであと500kmほどという地点でのことだった。しかし結局、モスクワには寄らずにサンクトペテルブルクへと直行した。

「それだけじゃないんです。このクルマ、エアバッグを取り払っているでしょう。あれも、元に戻さなくちゃSVAは通らないんですよ」

SVAを通すためには、ガソリンタンクとマイル表示のスピードメーターへの交換、サイドマーカーの装着に加えて、エアバッグの復活まで行わなければならない。目論見と大違いだ。功三さんにおおよその費用を見積もってもらうと、メーターの交換とサイドマーカーの装着にSVAのテスト代で、まず500から600ポンド。タンクが中古で100ポンドに、工賃。新品なら500ポンドもする。ここまでで合計1000ポンド以上掛かってしまう。今の為替で21万円だ。さらにエアバッグ代と工賃が加算される。

「コストパフォーマンス悪すぎでしょう」

その通り。ただ、日本なら車検を通すことすら考えられず、即、廃車にされるところを、ロンドンでは店頭価格で1500から2000ポンドの相場が形成されている。それに照らし合わせての功三さんの冷徹なプロの判断だ。

功三さんも困っていたところに、隣に越してきた中古トラック業者が話し掛けてきたそうだ。

「そのカリーナEエステートは、そのうちナンバーを取るのか?」

聞けば、このトラック業者は中近東やアフリカに中古大型トラックを輸出しているという。その荷台を空で送るのはもったいないから、中古バイクや古タイヤなどを満載してトラックを輸出するのが、発展途上国向きの常識になっている。日本からロシアや北朝鮮へ輸出されるトラックと同じパターンである。

「このカプリも、後ろのボルボ・トラックに積まれていくそうですよ」

同じ左側通行のケニアやウガンダがカルディナの輸出先になりそうだ。アフリカならば、イギリスのSVAのような厳しい規制は存在しないから、彼の地で活躍の途が開けることは間違いないと功三さんは太鼓判を捺す。カルディナには、第三の人(車)生が用意されそうだ。果たして、今度はどんな人が乗ってくれるのだろうか。
(続く)

最近、「B-REV」の隣に引っ越してきたのが中古トラックの販売業者。ずらりと並ぶ大型トラックはすべて中古車で、中近東やアフリカへと船積みされるのを待っている。懐かしいフォード・カプリも、トラックの荷台に積まれて送られるのだ。

金子 浩久 | Hirohisa Kaneko
自動車ライター。1961年東京生まれ。このユーラシア横断紀行のような、海外自動車旅行を世界各地で行ってきている。初期の紀行文は『地球自動車旅行』(東京書籍)に収められており、以降は主なものを自身のホームページに採録。もうひとつのライフワークは『10年10万kmストーリー』で、単行本4冊(二玄社)にまとめられ、現在はnoteでの有料配信とMotor Magazine誌にて連載している。その他の著作に、『セナと日本人』『レクサスのジレンマ』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『力説自動車』などがある。

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