長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。漫画家になれるかも?というチャンス到来に1人きりで篭れる場所を探すが、逆に1人は寂しくて?
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第71話「蟬の口癖」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部

いつのまにか主人公の座を奪われそうな主人公?

テレビ局を辞め、廃墟のようになっていた街外れのカフェを改築して住みはじめた私は、最近 漫画家として生活する見込みが立ちはじめたことで、少し気が緩んでいるのかもしれない。

しがらみを捨て、1人で生活することを目指して此処に住み始めたはずなのに、少し留守にしても誰かがいてくれる安心感を覚えはじめている。
逆に、誰もいない“我が家=ドヤ”には、どこか不安というか寂しさを感じたりする。

ここ、俺んちなんだけど??

その日、昼時になっても誰も戻らないことに若干の不安を感じながらも、ある意味当初の我が家のあるべき姿に戻っただけと思い直して、私は冷麦を作って1人啜っていた。

そこに定食を求めて一台のクルマがやってきた。
私が初の漫画掲載に追われて家を留守にしている間に、リナとソノミが朝定食の店を始めたためだ。(私としては気に入らないが、無下にやめさせるには惜しいだけの上等な朝メシを振る舞えるのだった、リナたちは・・・)

「メシやってねェの?」と車でやってきた男は言った。私は多少忸怩たる思いを覚えながらも「朝だけだよ」と答えた。
すると男は「リナちゃんもいねェの?」と言いながら、周囲を睥睨した。

そしてリナもソノミもいないことを確認すると「じゃいいや、また来んヨ!」と言って立ち去った。

私は出てゆくクルマを見送りながら、胸の奥で、ここ俺んちなんだけど、とつぶやかざるをえなかった。俺に用事のない奴らが次々と来る、面白くない。

だが、良かれと思って 一生懸命になるリナたちを責めることもできない相談だった。

ヤケ酒しかないね、クソッ

やがてリナとソノミはバイクで戻ってきた。
あまりの暑さに耐えかねて、海辺に遊びに出ていたらしい。

私は軒下貸して母屋を取られたような気分でやや憮然としていたが、リナたちはそれを 自分たちだけで海に遊びに出かけたことを不満に思っていると思ったらしい、笑いながらも口々にごめんごめんと謝った。

どうしたらいいんだ?と私は思った。すっかり奴らのペースだ。若い女たちに何か言っても通じるわけがない。はなから勝てるはずがないのだ。

クソッと私は思った。
今夜は星降る下で呑んでやる!満天の星だぞ!

リナたちに何か言っても通じるわけがないし、彼女たちの取り組みを止めることもしたくない。バイクで出かけようにも、この胸の鬱憤はとれようもない。私にできることは、ただ黙って酒を呑むことだけなのだ。

クソッ。今夜は呑んでやる!

楠雅彦 | masahiko kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。