テレビ局を辞め、ちょっとした隠遁生活を送り始めた松ちゃん。50歳をとうに超えたのに今さらながら漫画家を志したり、孤独を愛する狷介な性格のわりにバイク好きの若者が集まってきちゃったり。よくわからない生活を始めちゃったんだな、これが。
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第74話「焦らばまわる上り馬」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第74話「焦らばまわる上り馬」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部
安定した生活を捨てたけど不安定にすぎるのも困りもの
齢57にして、漫画家を目指したものの、孫みたいな若い編集者にダメ出しを喰らう日々。
へこむわ‥。バイクに乗る気分じゃないな。
愚痴をこぼしたら一笑される始末
と、いきつけのカフェのマスターに愚痴をこぼしたら大笑いされちまった。
「こりゃ失礼」と、私よりよほど年上のマスターは爆笑した非礼を詫びたが、顔はひどく綻んだままだった。
「焦ってもしょうがないです。ダートトラックだって上手くなりませんがね、それだって楽しんでますョ」
マスターにはこの店があるじゃないか、と私は思ったが、私にだって少し前には安定した仕事も家庭もあった。それを捨てて自由な生活を求めたのは、他ならぬ自分自身だったのだ。マスターの言葉に反発するのは意味のないことだった。
マスターの冷静な感想を聞きながら、私は昼間のヒトシとの会話を思い出していた。
大学に行きながらバイト生活をする若者に何がわかる?
「松ちゃんよォ‥オレここで雇ってくんないかナ」と、バイトを始めてはすぐに辞めるを繰り返している、大学生のヒトシは言った。
そんな余裕はないし、と私は軽く返したが、ヒトシの深刻そうな表情に少し狼狽えた。
「だいちなにすんのよ?」
俺さあー、とヒトシは叫ぶように言った。「ものすごくあせってんのヨ‼︎」
俺には先がない?
私はカフェを辞し、SRにまたがるとドヤに向けて走り始めた。焦るとは地面に足のついてる奴の言うことだ。
大学生のヒトシの気持ちはわからなくもない。しかし、彼には先がある。アラ還の私には先がないのだ‥。マスターには大笑いされても、その想いは、私をさらに追い込んでいくのだった。
楠 雅彦|Masahiko Kusunoki
湖のようにラグジュアリーなライフスタイル、風のように自由なワークスタイルに憧れるフリーランスライター。ここ数年の夢はマチュピチュで暮らすこと。