男女の関係になって久しい、互いにまあまあの歳だし、女は離婚歴もあったから、結婚したいなんてめんどくさいことも言わなかった。そんな彼女が急にバイクに乗りたいという。それも旧車に・・・。
オートバイ2022年2月号別冊付録(第88巻第2号)「Wish」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部

ヤマハの旧車。白のRZを欲しがる女

「私がバイク欲しがったらおかしい⁉︎」と彼女は言った。「アナタ、バイク乗りって言ってたわよね。白のアールゼットよ!探して!」

わたしは、彼女の真意が分からず、少しの間黙っていた。白のRZだって?何でそんなマニアックなことを彼女が言い出すんだ?

アナタも乗ったことあるって?と彼女は服を身につけながら言った。「ムリに話あわせようとしてない?」

わたしはその言葉にも答えず、ただタバコを燻らせた。

よりによってなぜRZ?

そんなの買ってどうするんだ?とわたしは訊いた。「どうするって?アタシが乗るのヨ!」

古いバイクは手がかかるよ、なんだってそんな古いバイクを欲しがるんだ?しかも急に、とわたしは重ねて尋ねた。

すると彼女は「昔の男、アタシが結婚する前のね。その男が乗ってるの!」と言った。

その言い分を聞いてもわたしには、なぜ急に彼女がそれを気にし出したのか理解できなかった。すると、彼女は少し苛立った様子で吐き捨てるように言った。「私の若い頃を知ってるのよ‼︎」

そんな考え方はおかしいと言ったところでどうにもなるまい

「ついこの前のコトよ!走ってるの見かけたのョ!」と彼女は言った。
多分それは、とわたしは言いかけてやめた、今どきここいらで中年のRZ乗りは珍しくないかもしれない。

若かりしころの彼女のカラダを知る男がいるからと言って、そいつと同じバイクに乗るという考えに至る理屈がわたしには分からなかったが、彼女はそれを唯一無二のグッドアイデアと思い込んでいる。そもそもその男を見かけたというのも、彼女の思い込みじゃないのか?

すっかり身支度を終えた彼女の姿は、わたしの欲望を掻き立てる、都合のいい女そのものだったが、彼女の頭の中はもはやRZを買うことでいっぱい、自分がそれを乗ることで若さを取り戻せるとでも思っているようだった。

わたしはそんな彼女をただ黙って見送るほかなかった。

楠雅彦 | Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。蚊に刺されまくっても行きたい。