テレビ局を辞めて漫画家を目指す、初老?の松ちゃんのドヤに集まるのはバイク好きの若者たち。その中の1人、大学生のヒトシは果てしない迷い道に苦しんで?
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第80話「銀色の道」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部

どうせおらぁ貧乏学生よ

おれ、ヒトシ。
松ちゃんガール?に最近加わった派手だけど謎めいたソノミに惚れちまったらしい。彼女のおふくろさんが経営してるクラブで、ソノミがライブやるっていうからなけなしの金使って花束買ってきたけど、その身の回りにゃおれの花なんか、その辺の路地に咲いてる花を摘んできたみたいに見える、バカでっかい花束抱えたおっさん達が群がってる。

ソノミはおれを見つけてくれて「ゆっくりしていってョ」なんて言ってくれるけど、おれなんて場違いもいいとこだよ、住む世界が全然違う。いたたまれないっつうのはこのことだよ。

だいたいさ、松ちゃん自体がほら、元はテレビ局にいたらしいんだけどさ、派手な業界じゃん?だからソノミの店みたいなところにゃ慣れてるかもしれんし、いい年じゃん?

人里離れた古いカフェを改装してよ、ときたまバイク転がすおっちゃんだけどよ、若い女にモテんのも当然みたいに思ってんだろな。

田舎で人生見直したくなったヒトシ

数日後、おれは松ちゃんのドヤの、カウンターに座っていた。

なぁ松ちゃん、とおれは切り出した。
「バイク売って金作ろうかと思ったけどよォ、やっぱやめてバイクで田舎に帰ろうと思うのよ。だから三万かしてくんない?ガス代、たんねぇのよ。田舎帰ってョ、仕切り直ししようと思ってョ」
「勝手な奴だなあ!」松ちゃんは呆れたように言った。「九州だろ、だっら鈍行で帰れよ。ガソリン代とか言ってんな!」

おれの知り合いの中でさ、そこそこ金持ってそうなのは松ちゃんだけだしよ。それになんとなく、人に金貸してくれそうなのも松ちゃんだけだったんだ。
だけど、ちょっと甘かったかな。

うまく仕切り直せよ‥

言い返す言葉もなく、おれは黙って席を立った。
松ちゃんの言う通りだ。確かにおれは勝手なやつさ。おれは力無くバイクに跨ってエンジンをかけようとした。そしたら、松ちゃんが、ちょっと待てヒトシ、と後ろから声をかけた。

ぼんやり松ちゃんの方に振り返った。するとカウンターの奥でガサゴソ手を動かしていた松ちゃんがゆっくりこっちにやってくる。すると松ちゃんは持っていた封筒をおれの手に握らせて「三万だろ。持ってけ。だけど、高速代になんか使うなよ!」と言った。

おれは礼も言わず、ただぼんやり頭を下げてバイクを動かした。こういうとこなんだ、このオヤジがモテんのは。無愛想な態度をとるのにどこか人の胸を熱くさせやがる。

おれはヘルメットの中で涙が溢れてくるのを止めるすべを知らなかった。

楠雅彦 | Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。住みたいぜ!