長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。脳梗塞で倒れた親友のシンちゃんを慰める言葉を探して?
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第63話「坂の途中で」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部『雨はこれから』

脳梗塞でたおれた旧友と海に向かう松ちゃん

テレビ局時代からの知り合いだった(芸能プロダクション社長の)菊間の逮捕は、私が警察署に呼ばれて調書をとられる頃に報道された。

警察署からの帰り道にバイク屋のシンちゃんと待ち合わせをしたものの、あまりに元気のないシンちゃんの横顔に、私までもが活力を搾り取られてしまう思いだった。

脳梗塞で倒れたシンちゃんは、まだ左足がシビレているとはいえ、杖をつきながら歩けるくらいには回復したし、話し言葉も呂律が回らないということもない。周囲からみたら順調なのだが、本人からしたらやはり今までできたことができなくなったというのは、よほどにこたえることなのだろう・・。

なあ、シンちゃん、と私は努めて明るい口調で話しかけた。
「海いこうか」

”いい仲”になりかけたクミのサーフショップもとっくに閉じられていた

「ほら!もうすぐ海だぞ!」
「止めろォォーっ、落ちる落ちる‼︎」

悲鳴をあげるシンちゃんを後ろに乗せたSRを、私はいつもよりは遅めに走らせた。法定速度プラスα程度のスピードだったが、倒れて以来初めてのバイクにシンちゃんは恐怖を隠しきれずにいた。

程なく我々は、私に影響を受けてかバイクにハマりかけていたクミとその弟が経営していたサーフショップ近くに着いた。ほんの少し昔にはこの店に炉煎のコーヒー豆を届ける役割を私が果たしていたのだが、それももう二度とない思い出になってしまった。

ここも閉まってんじゃん、とシンちゃんは私に言った。(だから俺がバイク屋を廃業するのも時代ってものだろう?)そうシンちゃんは言いたげだった。

時の流れに身をまかせ・・・

私たちはしばらく土手に腰掛けて海を眺めていたが、シンちゃんの体が冷えないうちにと思い、バイクに戻った。

後部座席にシンちゃんを座らせ、ヘルメットを被せながら、私は残酷な時の流れに思いを寄せざるを得なかった。そんな私の心中を読んだのか、シンちゃんはぽそりと「こんな日が来るとはな」とつぶやいた。

そのつぶやきは聞こえなかったふりをした私は、無言でシンちゃんのヘルメットの顎紐をきっちり締め、自分もバイクに跨った。
シンちゃんはほどなくして全てのバイクを処分して店を閉めた。三ヶ月後シンちゃんの店があったところはデイサービスの店になる。
シンちゃんはそのビルの上に住んでいる。リハビリはかんばしくない。

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。