どの世界にもライバルは存在する。互いを意識し、激しくぶつかり合い高め合っていく存在だ。オートバイロードレースの最高峰MotoGPでも数多くのライバルたちが世界一の称号をかけてバトルを繰り広げてきた。今回は、犬猿の仲からお互いをリスペクトする真のライバルとなり、さまざまな名バトルを繰り広げたダニ・ペドロサとホルヘ・ロレンソについて振り返る。MotoGPのトップライダーとして母国のスペイン、そして世界中のファンを魅了した両選手に注目したい。

小柄な神童ダニ・ペドロサ

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2000年代後半、世界最高峰のバイクレースであるMotoGPにスペインが生んだ天才2人がデビュー。2003年に125ccクラス(現Moto3クラス)、2004年、2005年には250ccクラス(現Moto2クラス)でチャンピオンに輝いたダニ・ペドロサは、2006年にMotoGPへとステップアップした。

ペドロサは小排気量クラス時代からホンダのバイクで活躍し、3年連続で世界チャンピオンに輝いた神童。しかし身長160cmに満たない小柄な体格が故に、MotoGPにステップアップする際、周囲はペドロサが990ccのモンスターマシンを扱えるのか疑問を抱いていた。

開幕戦はペドロサの母国であり、バイクレースが文化になっているスペインのヘレスサーキット。周囲の不安をよそに、ペドロサはいきなり2位表彰台を獲得する。チームメイトだったニッキー・ヘイデンは所属するホンダのファクトリーチームである(メーカー直営のチームのこと)レプソルホンダで4年目のシーズンだったことを考えると、ペドロサの2位という成績は周囲の雑音を消すには十分な成績だった。

その後、ペドロサはホンダのエースとしてMotoGPになくてはならないトップライダーとして活躍していく。

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失敗から学び、進化したホルヘ・ロレンソ

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ホルヘ・ロレンソは、2002年に史上最年少でGPにデビューし、2004年まで125ccクラスに参戦。2005年から250ccにステップアップするも、当時ロレンソは荒っぽいライディングで、他のライダーや関係者から批判が上がるほどだった。同年の日本GPで激しい2位争いを繰り広げていたロレンソは、ファイナルラップのヘアピンカーブで他車を弾き飛ばしてしまい自身もリタイヤに終わってしまった。

このアクシデントがきっかけでロレンソは次戦参戦を取消に。このアクシデントがロレンソを変えるきっかけとなり、ロレンソはこれまでの荒いライディングを辞め、クリーンなバトルを心がけるようになった。

翌2006年からアプリリアに移籍したロレンソは、速さと強さを見せつけ自身初となる世界王者に輝き、2007年もシーズンを席巻し250cc連覇を達成。そして2008年、当時最強を誇り、MotoGPのアイコンであるヴァレンティーノ・ロッシのチームメイトとしてヤマハファクトリーに加入する。

デビューからいきなりポールポジションを獲得し、3戦目にして早くも最高峰クラス初優勝を達成するなど、ペドロサと同様にMotoGPクラスにおいてデビューイヤーから強烈な存在感を見せつけた。

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目も合わせない犬猿の仲

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出身はスペイン、勝ちパターンも先行逃げ切りと同じ傾向だが、性格や考え方が全く違う2人。MotoGPでの直接対決が実現したのが、ロレンソが最高峰クラスにステップアップしてきた2008年のこと。2人の関係が完全に冷め切っていた頃だったが、2人の仲が悪くなったのは2008年よりさらに遡る。

ロレンソより2つ年上のペドロサは、スペイン選手権時代から注目されており、そんなペドロサに対してロレンソは強烈なライバル意識を抱いていた。そんな2人の関係に亀裂が入ってしまったのが、2人が250ccクラスで戦っていた2005年のこと。第9戦ドイツGPで2人は接触し、ロレンソがリタイア、ペドロサが優勝という結果に終わった。この接触事故がきっかけとなり、2人の関係は冷え切ってしまうこととなった。

お互い目も合わせないほど犬猿の仲になってしまったペドロサとロレンソ。関係修復不能と思われるほど関係が悪化してしまったまま、2人は最高峰クラスで激突することになる。