ハーレイ・クイン役で日本でも大ブレイクしたマーゴット・ロビーが、ほぼスッピンでチャレンジ。放射能に汚染された世界に、わずかに生き残った男女の姿を描く、現代版失楽園。

滅びかけた世界に残された楽園で展開される物語

核戦争?のために全世界は汚染され、人類はほぼ滅亡した近未来の地球。
奇跡的に汚染から免れた谷間に1人暮らす信心深い女性アン(マーゴット・ロビー)は、ある日防護服に身を纏った中年の黒人男性ジョン(キウェテル・イジョフォー)と遭遇し、彼を家に招き入れる。ジョンは信仰は持たないが、科学的な知識を持っていたため、2人の生活は徐々に洗練されていく。
親密さを深めていく2人だったが、そこに割り込むようにもう1人生存者ケイレブ(クリス・パイン)が現れる。ケイレブが若くハンサムなクリスチャンの白人であったことから、宗教的、人種的、世代的なギャップが3人の仲に亀裂を生じさせていく。

人類が滅びかけている終末世界にあって、奇跡的残された“楽園”にもたらされた混乱の行方を描く、キリスト教的モチーフの作品。

原題は「Z for Zachariah(ザカリアのZ)」

本作は末世の地球に残された男女を、神の楽園に暮らすアダムとイブに擬えて描いた小説を原作とした、非常に宗教的ニュアンスの強い作品で、日本人にはかなり難解な内容になっている。

原題の「Z for Zachariah」のZachariahとはイエス・キリストの洗礼者ヨハネの父親ザカリアのことと思われるので、作者がキリスト教的な私観を持って書き上げたものであることは明白だが、前述したように、本作はアダムとイブが悪魔(蛇)に唆されて 楽園を追放される“失楽園”の模様をモチーフにしていると思われ、ザカリアを思い起こさせるようなエピソードはない。むしろ、世界の終わり≒Zとしたうえて、そのZは ザカリアのZ(Z for Zachariah)と表記することによって宗教的なニュアンスを与えることを思いついた、いわば後付けのネーミングなのではないか?と僕は思った。
(英語ではスペルを説明する時に、A for America=アメリカのA、という言い方をよくする。Z for Zoo、といったように)

本作では、なぜ地球が放射能に汚染されているのかという明確な理由は説明されていない。いや、もしかしたら触れられているかもしれないが、それ自体はどうでもいいという扱いで、とにかく地球規模で核汚染が進んでいて人類はほぼ絶滅していること、そしてアンが暮らしている谷間だけ?が、奇跡的に汚染から逃れて人が生きていける状態=楽園として残されていることが大事、だ。

そんな中、信心深いアンはそれが神の御心によって助けられたものと捉えるし、無信仰のジョンは科学的になんらかの理由がある(風向きとか地形的な偶然が重なった)と考える。
だから アンとジョンは、唯一生き残った人間として協力しあっているうちはいいが、ケイレブというアンとの共通点が多い存在の登場で、一気にその相違点が浮き彫りになっていく。
まずは人種。アンは白人、ジョンは黒人。
そしてアンは敬虔なクリスチャン、ジョンは信仰を持たず、科学を信じる実践主義者。
アンは20代の女性。ジョンは40代と思われる中年男性だ。

対してケイレブはどうやら信心深いらしく、若くてハンサムな白人だ。ジョンに比べればはるかにアンに近しい存在なのだ。

キリスト教から離れて、男女の三角関係のもつれとしてみてみると

キリスト教を感覚的に捉えることができない人(信仰を持っていないか、キリスト教圏で教育を受けていない人)には、本作を宗教的な見地で理解することは難しいはずだ。
アンをイブに擬えることはスムースだろうが、ジョンとケイレブのどちらがアダムなのかは、見る人の気分によって異なるだろう。そしてもし片方がアダムであるならば、片方は悪魔(蛇)でありイブを巧みに誘惑して堕落させようという企みを隠している存在ということになるのだが、先述のように宗教的素地を持たない人にとっては、むしろ中年男と若い男、そして美しく若い女の三角関係のもつれと捉えたほうがわかりやすいように思う。

前項に書いたように、ジョンは人種も信条も年代も異なるアンとの仲に割り込んできた若い男(ケイレブ)の心穏やかでなくなるが、実際 そりゃそうだろうと納得できるはずだ。
崩壊した世界にあっては、サバイバルを続け、文明を再構築するにはジョンの知識は大きな武器になる。体力的にも、老人ではないから、アンを守るだけの力は残っている。だから自分が選ばれる可能性は十分あるはずと自覚するべきなのだが、ジョンは アンが若さと見た目で自分を選ばないのではないかと不安を覚える。
現代社会においても、熟年に達して社会的地位を持った男が、何ももたない若者に無闇に劣等感を抱くということはよくあるように思うが、そんな哀れな様子を、ジョンを演じるキウェテルは上手に表現している。あまり山場がなく、登場人物も極端に少ない静かな映画なので、女性なら若くてイケメンの男と教養ある中年の男を天秤にかける美女の気分で、男なら 運良くも世界唯一かもしれない女性がマーゴットのような美女であったことを真の奇跡と感謝しながら、末世の三角関係の行方を見つめていればよい、そんな映画だ。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。