ホストを務めるのは、人気黒人俳優のウィル・スミス。
黒人問題、女性差別、LGBTQへの蔑視、そして移民への激しい拒否感
本作は、米国におけるさまざまな差別の存在と、その撤廃に尽力した多くの人々の懸命な闘いの歴史を描いたドキュメンタリーだ。
全6話のうち、3話までは黒人の奴隷解放から 公民権獲得までを描き、4-6話は1話ずつ 黒人問題以外の差別の現実(4話:男尊女卑の否定。女性の社会進出を阻む透明の壁の存在、5話:LGBTQ問題。同性での結婚を禁止するのは人権侵害か?、6話:移民問題。移民を拒否するのは人種差別か?)としてを紹介している。
ホストとして全体の進行を行うのはウィル・スミス。その他、サミュエル・L・ジャクソン、マハーシャラ・アリ、ダイアン・レインなどの有名俳優が顔を出しつつナレーションを行い、さまざまな人種の文化人が米国が苦しみながらも自らの問題点の是正に取り組んできた歴史を語っている。
理念より正しい行動を。
本作を観て思うことは、完璧な国はないし、完全なる人格者もいない、ということだ。人の数だけ異なる主張があるし、その時代やタイミングによって適正であるかどうかも変わってくる。ただ、自分の間違いに気づいたら、その機にその間違いを正す勇気があるかどうかが大切なのだと僕は感じた。
例えば、黒人の奴隷解放に尽力し、南北戦争を勝ち抜いた偉大な人物として知られるリンカーン大統領は、政権獲得当時は黒人問題にほとんど関心も理解もなかったらしい。また、黒人の公民権法成立に尽力したとされるジョン・F・ケネディ大統領も、大統領就任してしばらくは、黒人たちの訴えに対して“時期尚早”として軽く考えていたようだ。しかし、両大統領とも、なかなか自分たちの窮状を理解してくれないことに絶望しながらも、決して諦めることなく根気よく説得を続けた黒人リーダーたちの訴えに最後には耳を傾けて、不平等の是正に向けて行動を起こした。
つまり、リンカーンもケネディも、最初から黒人の味方であったわけではなく、もしかしたら単に政治的に自分に有利となるから(簡単に言えば黒人票獲得を期待して)動いただけかもしれないが、それでも四面楚歌であった黒人たちを救うために動いたわけだ。行動なき同情よりも、実際に行動を起こしてくれるほうが、どれだけ黒人たちの救いになったか。
正しい法律を信奉し、不完全ならば是正することを躊躇わないアメリカ
リンカーンやケネディを動かしたのは時代の空気というか趨勢だったと思うが(それでも彼ら以外の大統領なら、問題を先送りしたかもしれない)、彼らを動かしたのは やはり法律だ。選挙で民意によって選ばれるという大統領選出のシステムがあればこそ、黒人を奴隷制度から解放する意義が生まれたし、黒人の公民権を保障する意味もあった。
アメリカは建国されたときから、未熟で不完全な国家であったかもしれないが、それでも法律(憲法)の下に成立する法治国家であり、その法律を常に正しい姿で維持して守っていこうと考える人々の意志でまとまる民主主義国家だった。
不成熟で間違いを犯すことがあるにせよ、少しでも早く是正しながら、完全体を目指そうという意思を軸とした国家なのだった。
その意思の明確な現れこそが合衆国憲法であり、建国時に奉られたその憲法の“不完全さ”を最も明確に是正しようとして制定されたのが、憲法修正第14条だ。
第1節、アメリカ合衆国で生まれ、あるいは帰化した者、およびその司法権に属することになった者全ては、アメリカ合衆国の市民であり、その住む州の市民である。如何なる州もアメリカ合衆国の市民の特権あるいは免除権を制限する法を作り、あるいは強制してはならない。また、如何なる州も法の適正手続き無しに個人の生命、自由あるいは財産を奪ってはならない。さらに、その司法権の範囲で個人に対する法の平等保護を否定してはならない。
この第14条の解釈を巡って、多くの論戦が戦わされたが、黒人の公民権保障を実現したのもこの第14条に基づいてのことだし、その後に続く、多くの差別的制度の撤廃(女性への不当な扱い、LGBTQ市民への迫害、移民問題における人権無視など)につながった。
大切なことは、アメリカで生まれたか帰化した者はすべからずアメリカ市民。そして市民であるからには、アメリカ合衆国の法律の庇護下にあり、すべからず平等である、ということだ。
この基本認識が憲法に追加されたことで、米国市民とはなにか、という定義が明確になり、その市民でありさえすれば、不当な差別を受けることはない。この認識を拠り所にして、黒人も、女性も、LGBTQの人々も、多くの移民も敢然と戦い続けている。(いまなお、差別は完全に払拭されたわけではないし、そもそもこの第14条の撤廃や改定を主張する者もいる)
今は不完全でも、理想を求める戦いは続けていこう
以前にも、最近さまざまな人権無視や差別問題を取り上げる作品が多く感じる僕の印象について触れた。
2020年は、一般的にはコロナ禍に覆われた1年という感想になるだろうが、エンターテインメントの世界では、これまで以上に人種や性差などに対する差別が大きなテーマになった年だったように思う。
本作のみならず、非常に多くの“差別問題”や“社会格差”への提言をメインテーマにした作品が目立っていたと感じる。
そのなかでもこのドキュメンタリーは100%ピュアな問題提起であり、黒人問題(人種差別)、女性差別、LGBTQ問題、移民問題の、4つの主要差別問題についての(米国内での)実態と歴史を紐解いてくれている。そして前述のように、基本的にはこれらの(米国内での)問題解決に必要なのは、憲法の遵守であり、修正第14条とその存在を生み出した米国そのものへの信頼、である。米国が今後もこの姿勢を保てるか否かはわからない(実際、過去4年間は この姿勢を揺るがせる姿勢者の君臨を米国市民は選択していたことだし)。しかし、本ドキュメンタリーの制作意図は、これまでの闘いへのリスペクトと同時に、今後も自らの憲法を護りながら(不完全なところは是正しながら)正しい道を歩んでいきたいという意志の表れであると思う。
今のアメリカという国は理想国家ではないかもしれない、しかし100年後には理想国家になっているかもしれない。
そんなふうに、成長を続けよう、少しでも良くしよう、という意思を持ち続けること自体が大切だ。そんな姿勢を保持し続けるアメリカを、今は信じていたい。そう思う。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。