長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃんは漫画家を目指すもなかなか目が出ず、ほぼ諦め状態。ところが突然担当編集者から24ページの空きが出たとの連絡があり??
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第67話「丸める尻尾もない」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部『雨はこれから』

朗報?とともにやってきた女性編集者

人との繋がりが鬱陶しくなったわけでもないが、それでも多くのしがらみを断ち切ろうと、長年勤めたテレビ局を辞し、こんな人気ない場所に引きこもったつもりだった。
ところが最近、やけに多くの人が勝手に出入りするようになってきた。

独りで仕事して、独りで静かに生きていく。そんな手段として漫画家を志したはずが、なかなか目が出ない。何もかもが嫌になって、逃げ出したくなってきたところに、原稿の持ち込み先の出版社の女性担当者が血相を変えて乗り込んできたときには、私は真面目に“今すぐどこか遠くに逃げ出そう”と思い詰めたほどだった。

ところが、その女編集者が言うには、私には大きなチャンスが舞い込んできていた。突然の原稿の空きが出た、それも24ページも、と言うのだ。一度掲載されたからといって、それで食っていけるようになるわけじゃあない。しかし、持ち込むたびにボツを喰らい続けて心折れかけていた私にとっては確かにまだとない大きなチャンスではあるのだった。

とはいえ期限は来週まで。あまりにも時間がない・・この時代にはあり得ないことなのだろうが、自宅に電話もFAXもなく、スマホもない偏屈な男は私くらいのものだ、連絡方法といえば電報くらい(確かに数回、何か来ていたような気はする)。それも無視されては編集者が血相を変えて押しかけてきたのも当たり前のことだった。

逃げ出すのはやめて、原稿執筆を始めた松ちゃん

失踪しようと心に決めかけていた私だったが、これ以上彼女に迷惑はかけられない。それに、他にも原稿を依頼できそうな売れない漫画家候補は他にもいるだろうものを、私を待ってくれたということは、それだけ私に目をかけてくれていると言うことなのだ。どんなにストレスを溜め込んでいようが、感謝の念をもって、ここは必死に原稿執筆にあたるというのがまともな人間の取るべき道だろう。

ところが部屋に篭って執筆を始めた私を、物珍しく思ったのだろう、ヨタハチ乗りの立石やリナたちが私の仕事ぶりに好奇心を抱いて覗きにやってくる。

私のフラストレーションは当然簡単に爆発することになるのだった。

右のスピードメーターが落ち着け、と宥め、左のタコメーターが急げ!と急かす。

私のイライラは頂点に達した。こんなところじゃ仕事ができん!私は原稿と執筆道具をリュックに押し込むと、SRに飛び乗った。
行くアテがあるわけではなかった。どこでもいい、ここでないどこかへ。静かに独りになれる場所に行くんだ、私はそれしか考えていなかった。
右のスピードメーターが落ち着け落ち着けと言いながら、左のタコメーターがもっともっと急げと急かす。私は行くアテもなくSRを飛ばした。

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。