試乗したのはマクラーレンのエントリーモデルである、マクラーレン570S spider(上の写真の展示車もspiderだが、試乗車はその奥にチラッと見えるオレンジのマシン)。エントリーモデルとはいっても、570馬力を発生させる強心臓をミッドシップ(車の中央、座席のすぐ後ろ)に収めた、正真正銘のモンスターマシンだ。
横幅2メートル近くなるものの、乾燥重量1400kgを切る軽さはカーボンボディのたまもの。パワーウェイトレシオを考えるのもバカバカしくなる怪物なのである。
(英国メーカーであるマクラーレンは基本的に右ハンドルだが、今回の試乗車は左ハンドル。とはいえ助手席に座ったコ・パイロットと肩がぶつかるのではないかと思わされるくらいセンター寄りのドライビングポジションのため、右ハンドルだろうが左ハンドルだろうがほぼ関係ない……)
ディヘドラルドアが気分を上げる。
ディヘドラルドア(通称バタフライドア)は、日本人にはガルウィングの呼び方で馴染みがあるだろう。スーパーカーファンならカウンタック以来の憧れだ。
(ちなみにカウンタックのドアも、正確にはガルウィングドアではない:参照 https://lrnc.cc/_ct/16835891)。
マクラーレンのすべてのマシンに共通するというこのドア、乗り降りするたびに、自分がスーパーカーを所有しているという事実を感じて、気分を上げてくれる大事なアイテムといえるだろう。
しかしこのドア、なにもスーパーカーの振る舞いをドライバーに楽しませるためにあるのではない。F1マシンにインスパイアされるマクラーレン車は、どれも恐ろしくシートポジションが低く、かつかなり前寄り・センター寄りにレイアウトされており、普通の横開きヒンジドアでは乗り降りに相当な苦心を乗り手に強いることになる。
その苦心を少しでも減らすために、ディヘドラルドアが効力を発揮するのである。
低いドライビングポジションや極上のインテリア
そのディヘドラルドアを開けて、運転席に体を滑り込ませると、非常に硬く低反発なシートに身を包まれる。この硬さはゴツゴツした感じは微塵もなく、長時間のドライブをしても恐らくはほとんど疲労を感じさせない、高級ソファーの上質さを思わせる。ドアにはBowers & Wilkinsの12スピーカー・サラウンド・サウンド・システムが装備され、座席後ろに置かれた(つまりミッドシップの)エンジンが奏でる極上のサウンドを諦めて、好きな音楽を再生することを選択したとしても、誰もが納得するであろう上質な体験を想起させる。
さすがは乗り出し価格3000万円を超える高級スーパーカーのインテリアであり、都心を外れれば住処を購入できるほどの大金を投じるだけの価値があると納得させてくれるものだ。
人間のフリをして息を潜める異形の怪物になった気分を味わえる
このマクラーレン570S spiderの心臓部はV型8気筒3800cc ツインターボ。実に570馬力を発生させるという。マクラーレンの全シリーズをみれば、この数字は控え目なレベルであることがわかるが、少なくとも日本の公道でこの車の限界性能を試す機会などありえない(例えば世界初のハイブリッド・スーパーカーであるMcLaren P1™は970馬力を叩き出し、最高速度350キロというハイパフォーマンスを誇るが、さらにその上をいくマシンも存在するのである)。
さらにいえば、平日の日中に東京港区の混雑した道を走るだけの試乗で、この車の“走り”の実力を、ほんのわずかでも体験することはどちらにしても不可能な話だ。ただ、スーパーカーを所有する喜びは、そのハイスペックな走りを堪能することだけではない、日常生活に流れる時間を一瞬で逸脱できる実力があるこの車を、一般車の流れに混じって静かに走らせれば、平穏な人混みの中に何気なく紛れ込んだ、人間のフリをした異形の怪人になったかのような気分を味わえる。
ひと目見れば、とても普通の車ではないことがわかる特別なエクステリアデザインを持つマクラーレンだが、車にそれほど興味がなければ「なんだかスゴい車がいるな」くらいの感想しか持たず、一瞥してすぐに関心を失うかもしれないが、それでも周囲の車たちとは全く異なる論理と主張によって象られた特別な一台のコクピットに座っている本人にとっては、たとえ法定速度以下で流していたとしても、やはり特別な時間と空気を堪能できるのである。
特に試乗車であるspiderはオープンカー。時速50キロまでなら走行中でも開閉できるハードトップを開ければ、さらに爽快な気分が広がる。窓ガラスを閉めたままであれば、屋根があろうがなかろうが(市道を走っているくらいの速度であれば)流れる風を感じることすらできないが、それでも日差しと、少しばかり大きくなったエンジン音や排気音を楽しみながらこの車を走らせるのは、このうえない快楽だ。
わずか20分ほどの試乗だったし、クローズドサーキットでこの車が持つパフォーマンスを存分に味わったわけでもないが、上述のように、スピードではなくこの車に乗ることで得られる日常生活からの短時間の脱却は、実に素晴らしい経験だった。
必死に働いて大金をせしめたら、何かしら自分に褒美を与えたいものだが、大きなリビングを持つ邸宅や、そのまま一生眠りこけたくなるような上等なベッドやソファー、死んでも手首から外したくなくなるような高級時計などと並んで、常軌を逸した速さを持つこういうスーパーカーを手に入れようと考える野心家たちが多くいるのも、実感として理解できるというものだ。
あ、乗車中、とてつもない満足と充足感に包まれながら、実は何かが足りない、という些細な不満が頭をよぎったことを告白しておくが、それは助手席に座っていたのが長身美女ではなく、ディーラーの担当者♂であるという残念な事実だった。やはりスーパーカーの助手席には美女が似合う。
いうまでもないが、もちろんこれは仕方ない、120%の幸福を得るには、まずこの車を買って、隣に乗ってくれる美女と知り合わなければならないわけで、何事にも順番というものがあるのである。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。