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時間の概念を破壊する意欲的な作品
TENETは、非常に難解な映画だ。極力簡単にあらすじを言うと、未来からの攻撃を食い止め、世界を救うというミッションを与えられた男たちの奮闘をスタイリッシュな映像で描いた、SF要素を加味したスパイアクション映画なのだが、一般的に我々が抱いている時間の概念またはルールを大きく逸脱した世界観を用いて描かれているので、すべての設定や背景を理解するのは容易ではない。
本作の登場人物たちは、現在から過去、過去から現在へと時間軸を移動しながら激しいアクションを見せるのであるが、普通の人であれば、何が起きているのか理解が追いつかずに混乱の極みに追い込まれてしまうだろう。
論理破綻していることが明らかな荒唐無稽な理屈であればいいが、緻密に組み立てられた理屈であれば 観ている者はそれを理解しようと努力させられてしまうことになるのだ。
(論理的に不自然なことが無いように、本編は現役の理論物理学者によって監修されているという)
本作のベースになっているのは、時間は不可逆(過去から未来に向かって一方向に動き、その逆=未来から過去 はない) という概念の破壊だ。
ちなみに、本作では、過去を変えることによってパラレルワールドが発生することはない。あくまで時間軸は一本(*1)であり、その流れを順行するか逆行するかだけの2次元的な動きでしかない。原因があって結果がある、という因果律は、結果があって原因がある、という正反対の動きとして存在し、異なる複数の結果や原因を生むことはない。さらに、過去に戻って何か"原因"を変えようとしても、全てうまくいくわけでもない。
(*1) 本作では、この時間軸が一本=順行するか逆行するかは別として、流れとしては1つ ということを示すためか、回文的なネーミング(後ろから読んでも前から読んでも同じ読み方になる)が多用されている。例えばタイトルのTENET自体が前から読んでも後ろから読んでもTENETだし、最初のアクションの舞台となるオペラ会場(OPERA)の回文的な名前を持つアレポ(AREPO)という人物(贋作者)が登場する。さらに、ロータス社(ROTAS)という会社が登場するが、この名前も悪役であるセイター(SATOR)の回文表記だ。
本作では、未来の人類は時間を反転させる≒逆行させるテクノロジーを発明している。この技術を使えば、過去に戻って未来を変えようと試みることも可能だ(前述の通り、変えようと試みることはできても、変えることができるかどうかはわからない。起きたことは起きたこと、しかたないと考える他ないこともある)。
しかし、それだけの技術を持ちながら、彼らが棲む地球は荒廃しきって人類は絶滅の危機に瀕しているらしく、それを食い止めることができずにいる。そこで未来の人類は時間を反転させるテクノロジーを使って、過去の世界から人類を一掃(*2)し、自分たちが代わりに過去=我々にとっては現在に棲もうと考えているらしいのだ。
本来であれば、過去の人類=未来の人類の先祖であり、過去の人類を滅亡させれば自分たちの存在もなくなる、ということになりかねないが(「祖父殺しのパラドックス=Grandfather Paradox」)、未来の人類はそのリスクを冒してでもやらざるを得ないほど追い込まれていると思われるのだった。
(*2) 突然時間が反転されたら、通常の時間軸に生きる者は呼吸ができなくなるし、すべてのものの動きが逆行することになるので、全てのものが破壊されてしまうことになる・・・
全世界の時間を一気に反転させるテクノロジーは"アルゴリズム"と呼ばれているが、これを発明した科学者は自分が作り出したモノが持つ悪魔の兵器として悪用させることを恐れ、"アルゴリズム"を分割したうえ過去の世界に隠し、自身は自殺してしまう。
未来の人類は、過去=現在に生きる武器商人セイターにこの"アルゴリズム"の収集と起動を委託する。主人公に与えられたミッションとは、セイターの"アルゴリズム"集めを阻止し、起動させないこと。それによって世界の滅亡を妨げることなのだ。
主人公は、ミッションの過程で協力を申し出てきた謎の男ニールを相棒に、人類滅亡の悪夢を阻止を目指してセイターに接近を試みる・・・。
デンゼル・ワシントンの息子ジョン・デヴィッド・ワシントンが名前のない主人公を好演
本作の主人公はCIAエージェント。名前はない。(ダシール・ハメットの「名無しのオプ」を彷彿させるが)演じるのは、デンゼル・ワシントンの長男であり、『ブラック・クランズマン』の主演をゲットしたジョン・デヴィッド・ワシントン。
主人公は、高度な格闘術や射撃技術に長けた優秀な工作員であるが、物理学を極めたわけではないから、時間に対する認識は観客である我々とさほど変わらない。時間を反転することが可能だと言われても、そして実際にその現象を見せられても、100%理解することは難しく、たびたび(このテクノロジーを理解している)周囲からは、直感的に受け入れろと忠告される。
いわばこの忠告はノーラン監督から我々に対して発せられたモノであり、TENETの世界観をすべて理解しようとすることは無謀の極みなのかもしれない。順行と逆行を繰り返す時間の中で展開されるアクションはひたすら美しく、凄まじい。名前のないこの主人公の目線でもってこの物語を見ることは、時間を反転させることができる敵と戦っているという事実のみは完全に理解しつつ、多くの謎に翻弄されながらも都度適切な判断を下していく彼ととにかく同期していくことだ。
理解できないことが目の前に現れても、瞬時に対応を試みる柔軟さ、それがTENETの主人公の資質であり、同時に観客に求められる正しい姿勢なのだと思うのである。
バットマン役を射止めたロバート・パティンソンが死ぬほどカッコいい
ちなみに、主人公を終始助ける相棒ニールを演じるのは、バットマンの新シリーズ『ザ・バットマン』でブルース・ウェイン役を射止めたロバート・パティンソン。「トワイライト」シリーズでの美青年ぶりで人気を博した俳優だが、このニール役ほどカッコいい役は他にあるまい。初代「ターミネーター」に登場した悲劇の戦士カイル・リース(ヒロインのサラ・コナーを守るために、未来から過去に送りこまれた兵士)を思い出させるようなイイ男っぷり。(ノーラン監督も彼には強い思い入れがあったのだろう、往年の名画「カサブランカ」へのオマージュと思われるようなとびきり素敵な台詞を用意しているので、必見)
『TENET』を見れば、『ザ・バットマン』への期待は否が応に高まること間違いなしだ。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。