テレビ局を辞め、ちょっとした隠遁生活を送り始めた松ちゃん。50歳をとうに超えたのに今さらながら漫画家を志したり、孤独を愛する狷介な性格のわりにバイク好きの若者が集まってきちゃったり。よくわからない生活を始めちゃったんだな、これが。
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第73話「獣道ゴーゴー」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部

ちょいと山奥にある松ちゃんのドヤの周りにゃ獣道

私は若者がそんなに好きではない。好きではないのになぜか若者には好かれる。なんでだ?

画像1: ちょいと山奥にある松ちゃんのドヤの周りにゃ獣道

この日も私は最近手に入れたクロスカブで、猪が作ったらしい、獣道を使ってダートレースの練習をしていた。ウチに許可もなく屯する若者たちと一緒だ。リナとソノミ、そしてヒトシは、いつもはレーサーもどきのスポーツバイクを転がしているが、どこから手に入れてきたのか、荒れた山道を走れる小型のバイクを持ち込んできて、私と一緒に走っている。
私としては、ダートトラックの練習のつもりだが、彼らは私とともに新しい遊びに興じているつもりらしい。

まあ、いいけどな・・・私は私でやることをやればいい。そう思ってスロットルを開けた私だったが、後ろから大声でリナが叫んでいることに気がついて、ブレーキを握った。

「ヒトシが来ないヨ」ようやく声が届いたことに安堵したのか、ヘルメット越しにやや落ち着いた声でリナが言った。

画像2: ちょいと山奥にある松ちゃんのドヤの周りにゃ獣道

一本道で迷いっこない、転倒でもしたか?
「チョット見てくる」と私は言って、もと来た道を引き返した。

画像3: ちょいと山奥にある松ちゃんのドヤの周りにゃ獣道

チェーンも直せないならバイク乗んなよ

少し戻ると、停止したDAXの横で途方に暮れたような顔で立ちすくむヒトシがいた。

どうやら怪我したわけではないらしい。
私は少しホッとしたが、そんな顔を彼に見せるのは良くない。少し厳しい声で「どうした?」と声をかけた。

するとヒトシはチェーンが外れちまって、と答えた。

なんだそんなことか、と私はクロスカブを降りてDAXの様子をみると、確かにチェーンが外れている。というか、外れるべくして外れたようだ。「(チェーンが)ダルダルじゃないか」私は呆れた声をあげた。どっから持ってきたんだ、こんなバイク。

すると、前方から心配して戻ってきたリナとソノミが近づいてきた。「なにやってんのよォ⁉︎」

画像1: チェーンも直せないならバイク乗んなよ
画像2: チェーンも直せないならバイク乗んなよ

カッコつけたわけじゃないんだ

「ヒトシはクロスカブで帰れや」DAXのチェーンをとりあえずはめ終わった私は、ヒトシに向かって言った。こいつの腕じゃ10メートルも走れまい。

「松ちゃんはよ?」とヒトシは言ったが、私ならなんとかこのチェーンダルダルのDAXを走らせられるだろう、「下り坂だからなんとかなる」とだけ言った。

実際、ヒトシはクロスカブに乗り換えても遅かったし、おっかなびっくり走らせる感じだった。
私は少しでも早く安全な場所まで帰り着こうとDAXを走らせた。
いつ何時チェーンがまた外れて、完全に走れなくなるかもしれない。私としては、そんな目だけは回避したかった。

画像1: カッコつけたわけじゃないんだ

が、私の後ろをついてくるソノミとリナは私の走りを見て驚愕の声をあげていた。私の必死の想いは届かず、ボロボロのマシンに乗っても速い、いや速く走らせる私のテクを、ヒトシとの腕の違いを見せたいわけではないのに、いきがってスピードを出しているかのように感じているのかもしれなかった。
いやいや、ただただ下り坂の獣道でスピード出すしかないだけ、ただそれだけなんだよ、ほんとなんだ。

画像2: カッコつけたわけじゃないんだ
画像3: カッコつけたわけじゃないんだ
画像: いいとこ見せたいわけではないんだ〜『雨はこれから』第73話「獣道ゴーゴー」より

楠 雅彦|Masahiko Kusunoki
湖のようにラグジュアリーなライフスタイル、風のように自由なワークスタイルに憧れるフリーランスライター。ここ数年の夢はマチュピチュで暮らすこと。

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