いま、日本では世界各国のいろいろなクルマを選ぶことができる。予算に応じて、それこそ悩めるだけ悩めるし、その気になれば買いたいだけ買うことすら可能なほどに「豊か」である。それは素晴らしいことである反面、では何のためにクルマを必要としているのか。ロシアの大地をたくましく走るクルマたちを見て、そんな疑問も湧いた。
文:金子浩久/写真:田丸瑞穂
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。

ロシアと日本、ヨーロッパの各国が考える思惑とその現実の相違

先日、新聞の海外ニュース欄を読んでいて、ちょっと嬉しくなってしまった。5月19日に、ロシア各地で日本車オーナーたちが政府の「右ハンドル車規制案」に反対する抗議デモを行ったのだ。

右ハンドル車というのは、日本車、それも中古車としてロシアに輸入されたクルマのことだ。この連載でもたびたび触れてきたように、ロシアには多くの中古車が日本から輸入されている。壊れにくく、燃費に優れ、中古車として安く買えるから、日本車の人気はとても高い。

だから、極東ロシアを走る乗用車の99パーセントは日本車だ。西に行くにつれ、少しずつロシア車やヨーロッパ車が増えていくが、日本の中古車が人気で、需要は絶えない。

日本車の人気ぶりと、中古車の流通事情を体現しているのがブローカーの存在だ。僕らは、ロシア各地でロシア人の日本車中古車ブローカーに何人も会ったが、彼らは極東シベリアから、はるか西のエカテリンブルグやボルゴグラードなどまで、クルマを陸送していた。

クルマを買うということは中古車の購入とほぼ同義

ひとり目は、富山の伏木港からウラジオストクまで乗ったフェリー、「RUS」号で一緒だったイーゴリ。彼は、伏木港周辺にある中古車店で買ったトヨタ・ランドクルーザーの中古車を運んでいた。ものすごい飲ん兵衛だったが、酔っぱらっても行き先やランクルを売る相手、値段などをあまり話したがらなかった。もしかして、誰かビジネスパートナーがいて、口止めをされているのかもしれない。それがマフィアだったりしたら、なおさらだ。

画像: 大陸横断中のカルディナ

大陸横断中のカルディナ

ふたり目は、ハバロフスクからずいぶん西へ進んだ、ユダヤ人自治州ビロビジャンの先の国道沿いの食堂で出会った髪の短い若い男。聞き慣れない名前の、北にある小さな町までカムリを運んで売るという。

「夏は、道が悪くて運転しにくいから嫌いだ。冬は、凍った河の上を走るから、走りやすいんだ」

この男には、数百キロ先のスコボロディノのガソリンスタンドの隣のカフェで再会した。西部劇映画で、流れ者同士が荒野のサルーンで“また、会ったナ”と挨拶を交わすような感じだ。

日本円にして約25万円で仕入れたカムリを「50万円で売れたらいい」と皮算用していた。

袖を切った白いTシャツに短パン、額にサングラスを載せた軽装で、飄々とした感じだったが、「途中まで一緒に走らないか」と何度も僕らを誘うあたりは、寂しがり屋だったのかもしれない。僕らが、スコボロディノからカルディナをシベリア鉄道に乗せて運ぶことにしたことを告げたら、残念そうな顔をしていた。

This article is a sponsored article by
''.