テレビ局を辞めて漫画家を目指す松ちゃんだったが、ご近所さんのレストラン開業の支援のために自家製の窯の補強にくれる日々、のはずが?
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第86話「丘を渡る」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部

窯を自作したらいいが、そのために立ち退き請求が来ちまった?

画像1: 窯を自作したらいいが、そのために立ち退き請求が来ちまった?
画像2: 窯を自作したらいいが、そのために立ち退き請求が来ちまった?

テレビ局の敏腕プロデューサーだったはずの私は、50も後半にして独りで生きていこうと心に決めて再出発したはずが、近所に越してきた若夫婦が開店を準備しているというレストランのために、コーヒーセット50組を用意してやる羽目に‥。その準備に走り回っていたところ、今度は勝手に火を扱って火事を起こしたらどうするよと責められて、今のドヤを追い出されることになったのは、いったいぜんたいどういうわけだ?

馴染みのサテンのマスターに愚痴をこぼしたところで事態が好転するわけでもないし、言った言わないの繰り返しで、交渉するのにも疲れ果てた私は、もはや口を開くのも億劫になってきていた。老兵は去るのみ、はいはい、黙って出て行きますよ、だから頼むからもう静かにほっといてくれ。

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せっかく帰ってきたのに?

画像1: せっかく帰ってきたのに?

オレ、ヒトシ。松ちゃんのドヤに入り浸ってる若い奴?の1人さ。
惰性で通ってた大学を休んでさ、心機一転、やり直そうと思って、ちょっと田舎に帰ってたんだけど、季節も変わったし田舎暮らしは飽きるんで戻ってきたってわけよ。

帰りのガス代借りた手前もあってさ、まず松ちゃんたちにオレの元気な顔を見せようと思って、ドヤに寄ったはいいんだけどさ、誰もいねえってどういうことよ??オミヤあるのに。

そりゃあ、みんなが涙や笑顔で出迎えてくれるとまでは思ってなかったけどよぉ、誰もいないわ、鍵も掛かってるわで、ひどくない??

画像2: せっかく帰ってきたのに?

着いたのは夕方だったけどさ、日も暮れ始めて辺りは速攻で暗くなってきやがった。この辺も、まあ立派な田舎だぜ、まったく。
そこにソノミのBMWのヘッドライトが近づいてきたんで、オレは気落ちしたカオを隠して、声をかけた。「待たせたなぁ!今戻ったぜ!」

すると、ソノミは思いもよらないことを言った。「それどころじゃないのよ、今月いっぱいでここをでなきゃいけないのよ」

画像3: せっかく帰ってきたのに?
画像4: せっかく帰ってきたのに?

コーヒーカップセット、もう要らないって?どういうこと?

黙って出て行きますよ、はい。

そうは言っても、ただ棲家を出ていくだけで済むわけがない、憂鬱極まりないが、大人としてはコーヒーカップセットの用意が出来なくなることを謝りに行かねばならない。ウチをアジトにしてたむろしていた若い連中が勝手に引き受けたことだとしてもだ。

ところが、近所(と言ってもバイクや車がなければとても向かえないくらいの距離ではあるが)の若夫婦のところへ向かうと、レストランの開業の話が立ち消えになったという。

「私たち、別れちゃったんですよ」

画像1: コーヒーカップセット、もう要らないって?どういうこと?
画像2: コーヒーカップセット、もう要らないって?どういうこと?

それならそれで、早いところ伝えてくれるべきじゃないの?
離婚するからコーヒーカップセットももう不要って、それで済む話じゃないだろうよ。こっちがどんだけ苦労したと思ってんだ?

離婚自体は(私も経験者だから気分はよくわかるが)経緯も後始末も大変でいろいろ気苦労はあったと思うが、それだけじゃすまないことくらい大人なんだからわかるだろう。夢を語って注文して、離婚したではすまないことくらい常識で考えてもわかるだろう、社会人なんだから。

私は釈然としない心持ちで帰路についた。このギクシャク感はなんなのだろう。

画像3: コーヒーカップセット、もう要らないって?どういうこと?
画像: 帰る場所がなくなる?〜『雨はこれから』第86話「丘を渡る」より

楠雅彦 | Masahiko Kusunoki

車と女性と映画が好きなフリーランサー。

Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。住みたいぜ!

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