2003年の夏、東京からポルトガルのロカ岬まで1万5000kmあまりを中古のトヨタ・カルディナで走り抜いた自動車評論家とカメラマンがいた。この「ユーラシア大陸自動車横断紀行」という連載企画は、その2人が実際にステアリングを握って走り、目で見てカメラで撮影し、そして直接経験したことから感じて、さらに考えたもの「そのもの」である。「森」を見ることを通じて、「木」や「葉」を知る意味を確認できた。
最終回となる今回は、エピローグ後編をお届けします。
文:金子浩久/写真:田丸瑞穂
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。

木と林と森の違いとは、離れて見てこそわかる

先日、新型マツダ・ロードスターに乗った。

リッターに排気量アップしたエンジン、専用設計された6速マニュアルトランスミッション、全面的に改められた幌の開閉方式など、スタイリングこそ初代、2代目のイメージを引き継ぐものだが、内容としては文句ないフルモデルチェンジだ。

エンジン排気量が大きくなったことと合わせて、少し立派になったボディが、ロードスターの美点である軽快感を維持できている。大きく立派になったことによって、走りっぷりがモッサリしてしまうクルマも少なくないのだ。

その点、ロードスターは心配要らない。動力性能も向上し、足回りがスムーズに動き、シャシもしっかりしている。それでいながら、キビキビ、ヒラリヒラリとコーナーをクリアしていく軽快感は健在だ。

ただ、ちょっと気になるところもある。山道でペースよく走っている時の、ロールスピードが早過ぎるきらいがあるのだ。コーナーへ進入する時に、ハンドルをゆっくり切っても、ボディがグラッと唐突に傾く。ハンドルの切り方に合わせて、もっとジワーッとボディが傾いてくれると、より一体感を伴ったコーナリングを楽しめるのに。

キビキビ、ヒラリヒラリと軽快に走ることと、唐突なロールを混同してしまいそうになる。この辺りの微妙な足まわりの設定について、開発エンジニアに質してみたい。

おそらく、ダンパーとスプリングの特性、ステアリングギアボックスのギア比などの設定を変えていくことで、「唐突過ぎるロール」と「軽快な操縦性」とはバランスが取れていくのだと思う。もともと、素質豊かなスポーツカーであるロードスターのハンドリングの微細なところを、ああでもないこうでもないと思案するのはクルマ好きでなくとも楽しい。

しかし、木を見て森を見ずという喩えもある。

ロードスターのハンドリングを云々することが木目を数えるようなものだとすると、一歩下がって樹を見上げ、さらに下がって森を眺める楽しみもあるのではないだろうか。

ユーラシア大陸をクルマを運転して横断してみようかと思い付いたのは、森を眺めてみたくなったからかもしれない。

次々と発表される新型車に試乗して、あれこれ吟味する意義は大きい。また、名車と呼ばれるクルマを前にして、往時に思いを馳せるのも甘美な想いを伴うものだ。

それらは、樹の表皮を撫でまわし、葉の葉脈を透かして見るようなことかもしれない。森を見るためには、木々から離れなければならない。ヨーロッパ行きの飛行機の窓からシベリアの荒野を眺め下ろした時、一本道をクルマが虫のように走っていた。その光景に触発されて、僕らの旅は始まった。