最終回となる今回は、エピローグ後編をお届けします。
文:金子浩久/写真:田丸瑞穂
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。
クルマが備えている本質、その価値を実感できた
いま、この文章を東京モーターショーのプレスデイ第一日目から戻ってきてから書いている。
今回のモーターショーは、見応えがあった。小はダイハツの三人乗り超低燃費コンセプトカーUFE-Ⅲから、大は1001馬力時&時速401キロのブガッティ・ヴェイロンまで、さまざまな出展車があった。
見応えがあったのは、出展車がほとんどみな、“前”を向いていたからだ。前回や前々回などに流行っていた、過去に範を採ったレトロフューチャーイメージが、スズキLCを残して姿を消した。
ハイブリッドや燃料電池、水素などの動力源、自動運転などの近未来技術を包み込むエクステリアは、未来志向じゃなきゃ!
過去を振り返るということは心地良いことだが、そこから新しいもの、前進するものは何も生まれない。東京モーターショーが象徴するように、現代の日本は成熟した消費社会、高度情報化社会であることは間違いないだろう。
そうしたクルマのあり方は、大都市以外のロシアでは、考えられない。まず第一に、大都市を含んだロシアでも、クルマは移動と運搬の道具であり、手段だ。近未来を模索することよりも、今日のことで精一杯だ。新車はまれな存在だし、10年落ちの中古車ならば新しい方で、30年落ちだって珍しくも何ともない。
それらの中古車、大古車を、ロシアの人々は直し直し乗っている。中古パーツや、中国製や韓国製の非純正品を使うのは当たり前だ。
クルマを持っていない農民も珍しくない。そうした人たちは、ロバや牛に荷車を引かせている。牧草のようなものを一杯積んだ荷車を、のんびりとロバに引かせている農夫の姿は、衝撃的だった。
今まで、東南アジアやアフリカなど、現代文明から距離がある地域を巡ったことがあるが、クルマがないところはなかった。質素な暮らしぶりでも、質素なクルマたちが活躍していたのである。その背景や理由を探る紙幅がないが、ロシアの真ん中に、まるでアーミッシュのような19世紀的な暮らしが残っているとは想像もしていなかった。
ロバが引く荷車は、“林”のようなものだ。自動車という、現代を代表する文明と無縁に暮らしている人々と期せずして接することができた。
そんなロシアを出て、ドイツからヨーロッパに入った。連載中にも書いたけど、文明の最先端の姿があった。クルマの利便性を誰もが最大限享受できる社会がヨーロッパだ。知ってはいるつもりだったけど、有り難みがよくわかった。
ヨーロッパに入って二泊三日後にロカ岬に辿り着いた時に去来したのは、“森を見ることができたな”というものだった。人々とクルマがさまざまなかたちで関わり合い、暮らしている様子が木々や林だったとすると、それらが渾然一体となって、森を形作っている。7万キロ走った2世代前のカルディナではなく、もっといいクルマで走ったらトラブルは少なかっただろうけれども、それで違うものが見えたとは考えない。
僕らのカルディナはポンコツに近かったけど、ロカ岬まで行くことができた。クルマには、いろいろな可能性や楽しみ方があるが、どこまでも遠くに行くことを身を以て明らかにすることができた。クルマで移動する場合の、絶対的なモノサシを持つことができた。
(終り)
金子 浩久 | Hirohisa Kaneko
自動車ライター。1961年東京生まれ。このユーラシア横断紀行のような、海外自動車旅行を世界各地で行ってきている。初期の紀行文は『地球自動車旅行』(東京書籍)に収められており、以降は主なものを自身のホームページに採録。もうひとつのライフワークは『10年10万kmストーリー』で、単行本4冊(二玄社)にまとめられ、現在はnoteでの有料配信とMotor Magazine誌にて連載している。その他の著作に、『セナと日本人』『レクサスのジレンマ』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『力説自動車』などがある。