オートバイ2020年8月号別冊付録(第86巻第12号)「The Golden Age」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部
確かにバイク乗りだが、それがなにか?
オレはオカダ。社長に誘われりゃどこへだっていくさ、サラリーマンだからな。
夜の街が怖いって?オレから言わせりゃ出張ってばかりいくアンタの下っ腹のほうがよっぽど怖いさ。
その日もオレは、誘われるまま銀座のクラブにいた。接待を伴う店ってやつだ。
着物を着たママと、胸の谷間をこれでもかとばかりに見せつけてくれる若い女の子たちとの、とりとめないバカ話に興じていりゃあ、明日もまた稼ごうって気になるんだ、悪いかい?
その日、なんでそんな話題になったのかはわからない。わからないが、社長のご機嫌をとっていたはずの1人の女がオレに声をかけた。「オーさんステキ‼︎バイク乗りなの⁉︎」
突然のフリにオレは戸惑った。なにせ、いまどきバイクに乗っているからと言って女にモテるなんてうまい話はあるわけないからだ。
「乗ってるけど、なーに急に?」とダサい受け答えしかできなかったとしても、そいつは仕方ないだろう?
すると、その娘は笑顔を崩さないまま意外なことを言ったのだ。「ママもバイク乗るんですヨ!」
ママはニンジャ乗り?
社長も若い頃はバイクに乗っていたらしい。
だからバイクの話になったのだろうが、まさかママが現役のバイク乗りとは思わなかったのだろう、とっくに降りてしまった自分を気恥ずかしくおもったのかもしれない、その晩は、バイクの話はそれ以上膨らまなかった。
しかし、数日後の週末、社長とともにクラブのママと女の子の1人(ユリ)を誘いだしたオレたちは、ゴルフ場で再びオートバイの話を蒸し返した。
「ママさん、ニンジャに乗ってるんですって!」
ママはあまりその話題に触れたがらないようだったが、ユリは無邪気にそう言った。
ほーっ、と社長とオレは歎声をあげた。もちろん、いまではニンジャと呼ばれるカワサキのバイクは250ccにだってあるわけだが、ユリが自慢げに言うからには、おそらくGPZ900R、最近のバイクだとしても大型のスポーツバイクってことで間違いないだろうからだ。
心の中では、ユリに対して“お前、ニンジャ知ってんのかよ”とツッコミを入れたオレだったが、華奢見えるママがそんなデカいバイクに乗っているという意外さに興味を惹かれずにはいられなかった。
2人きりでのツーリングは秘密の?
さらに数日後、オレは自分のバイクを引っ張り出してツーリングに出ていた。1人で出かけたのかって?そんなわけないだろう、もちろんママを誘ったさ。
少し遅れて待ち合わせ場所にやってきたママは、思っていた通り、黒と赤のKawasaki GPZ900R、通称ニンジャを軽々と乗りこなしていた。
危なげないその乗りっぷりと、ピンクのライダースをピシッと着こなしたその姿に、オレは思わず「ママのその姿もいいねェ!」と相好を崩した。
社長は知ってるのかって?
さあどうだろ。そもそも社長がママ狙いかどうかさえ知らない。それに、オレだって別に下心があってママを誘ったわけじゃあない。ただ、どんなバイクに乗っているのか、ちゃんと確かめたかっただけさ。それだけのことなんだよ、うん。
楠雅彦 | Masahiko Kusunoki
車と女性と映画が好きなフリーランサー。
Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。