文:金子浩久/写真:田丸瑞穂
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。
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ユーラシア大陸自動車横断紀行 Vol9 〜 荒れた未舗装路との格闘〜
まだ先は長い
道なき道は走らず貨車へ載せる
スコボロディノからチタまでの約1000キロは、カルディナをシベリア鉄道の貨車に乗せると決めた。だが、インフォメーションセンターがあるわけでも、乗車予約が受け付けられるわけでもない。
スコボロディノ駅の切符売り場に行くと、「それだったら、駅舎から少し離れた、引き込み線のランプに行け」と教えられる。
ランプに行くと、すでに先客がいた。「日商運輸」と横腹に書かれた4トンのパネルトラックと、そのドライバーのヒゲの中年男。
彼は、クルマの運搬ドライバーで、名前はイーゴリ。ウラジオストクから、はるかボルゴグラードまで行く。僕らの同行通訳と同じ名前だ。
彼によると、クルマを積める貨車には2種類あって、大きなバスやトラックは剥き出しの「プラットフォーム」。小さなトラックや乗用車には、古い客車を改造した「コンテナ」が用いられる。
プラットフォームもコンテナも、出発時刻が定められた時刻表のようなものは一切存在せず、乗りたい者は誰でもここに来て待つしかない。イーゴリは2日前に来て、トラックに泊まって待ち続けている。
ここからチタまでが1000キロ。シュルカまででも800キロある。半分以上がダートで、僕らが昨日、一昨日と体験してきたハバロフスク〜ブラゴベシチェンスク、ブラゴベシチェンスク〜スコボロディノ間の極悪路と同じぐらい道は悪く、時間が掛かる上に、クルマを壊すという。
おまけに、最近、架かっていた橋が落ち、迂回する道もまた険しい。
列車に乗せれば、18時間でシュルカに到着し、それほど悪くないダートが少しだけ残っているだけで、あとはすべてアスファルト舗装路。チタまで3〜4時間で着くらしい。
社長のみが知る出発時間 有蓋車にカルディナを積む
列車が今日出るのか、明日出るのか、あるいは明後日以降なのか。ランプで汗だくになって何か材木を加工している工事作業員は、訊ねても「詳しいことはすべて“社長”に聞け」の一点張り。社長とは、クルマをシベリア鉄道に乗せるビジネスを経営していて、鉄道本体とは関係がなさそうだ。毎日来るわけでもなく、来る時間も決まっていない。
何時間待っただろうか。
昨日までの悪天候が消え去り、雲一つ無い快晴で、日陰のないランプは暑い。窓を開け放ったクルマの中にいても暑いことには変わりはないし、蠅がたくさん入ってくる。
地図をカルディナのボンネット上に広げ、ルートをチェックしていると、土煙を巻き上げながら社長がバァーンと登場した。クルマは、白いクラウン3リッター。日本からの中古車なので、リアバンパーにロシアのプレートが付き、日本でのプレート位置にはディーラーで使われていたのであろう、“CROWN”というプラスチック板が貼られている。
さっそく、社長を囲んでその場の全員で立ち合い会談。社長は、短髪に日焼けした肌の、30代後半から40代前半ぐらいに見える。
社長からのお達しは、以下の通り。
プラットフォームは2時間後に出る。コンテナは、明日午後6時出発。積み込みは、午後2時からだけど、早めに来て欲しい。乗用車1台+運転手ひとりで、キャッシュで6000ルーブル。同行者は、ひとり250ルーブル。コンテナは、2台。うち1台に、オレとオレのクルマも乗る。わかったな!
社長のクルマも乗るということは、確実に出発するというわけで、それは大いに喜ぶべきことだ。
翌日は、初めてのゆっくりとしたスタートで、朝9時に街の入り口にあるカフェで朝食。パンとボルシチとサラダと紅茶。
コンテナ内にはトイレと簡単なガスレンジの他には何もないので、到着までの夕食、朝食、昼食の食材と水、酒などをスーパーで購入し、ランプへ。古いラーダに乗った初老夫妻、カローラをトラックに運んでオムスクまで帰る、ジャイアンツの高橋由伸に似た若者、社長のクラウン、そしてカルディナ。
ランプというのは、クルマを乗せるいわばホームの役割をするもので、まず、空のプラットフォームを2台のコンテナの間につなぐ。プラットフォームとランプの隙間に鉄板を敷き、その上を斜めに横切ってプラットフォームにクルマを乗せ、そのまま前後のコンテナのどちらかに収める。
出発から10日足らずとはいえ、ずっとそばにあったカルディナがコンテナに収まると、急に身軽に感じる。ロシア極東の小さな街外れのランプに僕ら3人だけが立っている。
貨車は定刻より小1時間ほど前にランプを離れ、スイッチバックしながらスコボロディノ駅へ行き、シベリア鉄道の客車につながった。コンテナ内に小さな電灯は何個か灯っているが、暗く蒸し暑い。そして、たくさんの蠅。アメリカのラッパー「エミネム」にちょっと似た車掌役の男が、口うるさく横の扉は開けるなと繰り返す。