ウラジオストクから上陸して、ロシア大陸を西へと進むカルディナ号。しかしその道は、予想をはるかに上回る悪コンディションの連続であった。
激しい振動によって発生した不具合は、先を考えれば速やかな修理が必要だ。イルクーツクとクラスノヤルスクで入庫したトヨタ・ディーラーは、ともに迅速な対応でキビキビとした修理を行ってくれた。
文:金子浩久/写真:田丸瑞穂
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。

フロントマンに、イーゴリさんから、カルディナのベルト鳴きとガソリン残量計のトラブルを説明してもらう。一応、東京から来た旨も付け加えてもらったが、きわめて事務的にクルマを工場の中に入れるように指示されただけだった。

天井の高い工場には、すでにランクルやマーク2、カローラなどが何台も入庫しており、修理を受けている。メカニックの働きっぷりもキビキビとしており、とてもよく訓練されている感じが伝わってくる。

フロントマンから僕らのカルディナの症状を伝えられたメカニックは、ボンネットを開けてすぐに作業に取り掛かった。

ベルト鳴きは、手際よく進められた作業で2、3分で治まった。ガソリン残量計は、リアシートを外してみないとわからないと言われ、いったんフロントで待つように言われた。戻ろうとしたところを、ここの社長に声を掛けられた。ルチアーノ・パバロッティ似のヒゲの中年男が、アナトリー・パンツェビッチという社長だった。

「私の部屋で、待ちましょう」

フロント2階の立派な社長室に案内され、お茶をいただきながら、パンツェビッチ社長と話をした。

彼は11年前に開業し、毎年販売台数を伸ばしてきていたが、02年は01年の3倍も新車を売った。

「クルマさえあれば、いくらでも売ってみせますよ」

ちょうど、明日から2週間のモンゴル自動車旅行に出掛けるので、その最終チェックをしていたところだという。ランクルとハイラックスとトラックで編隊を組み、ゴビ砂漠を走るのが趣味で、もう7回目だ。

画像: アドバイスをくれるイルクーツク・トヨタ・センターのアナトリー・パンツェビッチ社長

アドバイスをくれるイルクーツク・トヨタ・センターのアナトリー・パンツェビッチ社長

「ベラルーシ、ポーランド経由でドイツに入るのか? それだけは絶対に止めた方がいい。特に、ポーランドには外国ナンバーのクルマを狙い打ちする強盗が多い。私も、4回襲われている」

その他にも、ロシアからヨーロッパへクルマで向かうに当たっての、実際的なアドバイスをいくつももらった。最後には、車中で聞きなさいとロシア人オペラ歌手のアリア集CDまでくれた。

ガソリン残量計は、タンク内のレオスタットに引っ掛かっていたゴミを取り払って直ったと、カルディナを返された。だが、キーを抜くと針が下まで落ちるはずなのに、さっきまでと変わらず途中で止まっている。気付いた時には、もう次の目的地のクラスノヤルスクへ向けて、何百キロも走っていた。ステアリングは滑らかに回るようになった。

完璧なパーツ管理体制
ロシアでもトヨタ流は健在

イルクーツクとクラスノヤルスクは地図で調べると、約1100キロ離れている。その途中で、深刻になってきたのは、リアダンパーの”抜け“だ。路面からのショックをスプリングが吸収し、その動きを抑えるのがダンパーの役割だ。それなのに、抜けてしまったものだから、いつまでもボヨ〜ンボヨ〜ンと縦揺れが収まらない。

ダンパーが抜けた荷物満載のクルマで、舗装の良くない道路を一日に1000キロ以上走り続けるのは、身体にこたえた。運転している時は、まだいい。ツラいのは、助手席や後席に乗っている時だ。ショックが直接的に身体に響いてくる。助手席でウトウトしている時に大きなギャップを越えたりすると、むち打ち症にやられたような痛みが走る。

クラスノヤルスクに着いて、翌朝一番でトヨタ・ディーラーに駆け込んだ。ここはメガディーラーで、トヨタの他に、アウディとフォードも扱っている。さらに規模を拡大する完成図をそこの社長が見せてくれた。

ここでも、フロントマンにリアダンパーの交換とガソリン残量計の再チェックを依頼した。

「96年型カルディナCZのリアダンパーですか? まず車台番号を教えて下さい」

フロントマンは、僕が差し出したカルディナの国際登録証を見ながら、目の前のコンピューターに何か打ち込んでいる。

「ダー。在庫はあるから、すぐにできますよ」

車検証の車体番号から必要なパーツナンバーを検索、部品の在庫状況を確認する。リアダンパーの在庫が瞬時にわかった。

驚かされた。旧々型カルディナのリアダンパーの在庫の有無が、一瞬にして判明したのだ。トヨタ流の完璧な在庫管理は、シベリアのクラスノヤルスクでも励行されていた。この時ほど、この旅にトヨタ車を選んで間違いなかったと実感したことはなかった。ここでも社長室でお茶をご馳走になり、アレクサンダー・クンガン社長と話をした。

「トヨタはロシア市場を、もっと重視して欲しい。イギリスで作ったアベンシスを日本に逆輸出するくらいなら、ロシアに送って欲しい。私がいくらでも売るから」

ロシアの道はとても悪かったが、ロシアのトヨタ・ディーラーは素晴らしかった。リアダンパーを交換して夢のような乗り心地に変わったカルディナで、僕らはクラスノヤルスクから次の目的地であるノボシビルスクに向かった。
(続く)

画像2: ユーラシア大陸自動車横断紀行 Vol.11 〜悪路のダメージから復活〜

金子 浩久 | Hirohisa Kaneko
自動車ライター。1961年東京生まれ。このユーラシア横断紀行のような、海外自動車旅行を世界各地で行ってきている。初期の紀行文は『地球自動車旅行』(東京書籍)に収められており、以降は主なものを自身のホームページに採録。もうひとつのライフワークは『10年10万kmストーリー』で、単行本4冊(二玄社)にまとめられ、現在はnoteでの有料配信とMotor Magazine誌にて連載している。その他の著作に、『セナと日本人』『レクサスのジレンマ』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『力説自動車』などがある。

画像3: ユーラシア大陸自動車横断紀行 Vol.11 〜悪路のダメージから復活〜

田丸 瑞穂|Mizuho Tamaru
フォトグラファー。1965年広島県庄原市生まれ。スタジオでのスチルフォトをメインとして活動。ジュエリーなどの小物から航空機まで撮影対象は幅広い。また、クライミングで培った経験を生かし厳しい環境下でのアウトドア撮影も得意とする。この実体験から生まれたアウトドアで役立つカメラ携帯グッズの製作販売も実施。ライターの金子氏とはTopGear誌(香港版、台湾版)の連載ページを担当撮影をし5シーズン目に入る。

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